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ホラーなぬか床

『沼地のある森を抜けて』(梨木香歩著)はぬか床から物語が始まる。ぬか漬けは大好物のひとつだしぬか床も持ってはいたけど、もしや所帯じみたお話?とちょっぴり引く。

そのぬか床の中に卵?それも増えてる?庶民の友のはずのぬか床がホラーの顔を覗かせ始める。そういえば表紙もタイトルも妙に暗いな。つまり「リング」や「呪怨」みたいなホラーもの?と恐る恐る読み進めると今度は「惑星ソラリス」を彷彿とさせるような展開へ。さらにぬか床から始まったはずの話がー時々「僕」という人間とは思えない存在の物語を挟みながらー生命の起源に迫るなんとも不思議な物語へとどんどんスケールアップしていく。

この流れだけでも全く先が読めなくて十分ワクワクするのだけど、梨木氏がただ者ではないと痛感するのはその文章表現の特異と言っていいくらいの丁寧さ。主人公の感情や思いをありきたりの言葉に収斂させず、根気よく言葉を探し工夫してつなぎ合わせ、その場面の感情や思いにピッタリくる表現を納得いくまで見つけようとしているように思える。普段立ち止まって吟味することなく「悲しい」とか「嬉しい」っていう言葉で安易にまとめちゃってる感情をじっくり見つめて、もっともふさわしい言葉で具体的に表現しようと格闘しているように見える。

それでいて読者をバカにするかのような親切過ぎる説明はない。手品の種明かしのような興ざめで退屈な説明は一切ない。あまりに省き過ぎてて小説としては失敗じゃないか?と思うくらいだ。よくぞ出版社が本にしてくれたと思うが、読者が妄想たくましく読める余地をたっぷり残してくれているこういう小説が大好きだ。こういう本は一気読みに限る!

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