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なにも持たない夜

ガソリンスタンドの屋上で、夜風が心地好いね。僕以外には誰ひとりいない。頭上の星々がつくりもののように近しい。
──熱も質量も持たない夜。

幹線道路の酷薄さを、信頼と不信で織り上げられた秩序の緞帳が覆い隠してゆく。毛虫や野良猫の轢死体が転がる路面は、システマチックに、跡形もなく掃き清められる。人間も例外ではない。
──破綻も混沌も含まない夜。

善良な小市民たちは、ネオンの靄を引き裂くタイヤのスキール音に煩わされることがない。なぜなら彼らには視覚や聴覚が無いし、そもそも首から上が存在しないのだから。
──官能と心象が排された夜。 

無関心という言葉は大袈裟すぎる。みな関心事が際限なく増殖し、膨張しているだけなのだ。それゆえ、深夜のドライブレコーダーにくっきりと映った、5秒後に頭部が刎ね飛ばされるバイク少年の顔に、世界が関心を持つことはないだろう。
──関心を持つとしてもせいぜい15秒間。

なにも持たない夜。
同じように
なにも持たない僕がいる。
空のベンチに腰かけて、
花束のベッドとガードレールの祭壇に、
通りすがりの中学生が飲みさしの缶ジュースをこぼすのを、ただただ眺めるばかりだ。

やがて道路の縁石を汚す赤錆色の斑点になるであろう僕の霊体。
天国なんて信じていない。
もちろん地獄も煉獄も、
輪廻転生さえも。

僕の意識が永続するかどうか、とか、
他者に僕が記憶され続けるかどうか、なんて、
もはやどうでもいいことだ。
もうすぐ僕は──
宇宙の外側に拡がる、
あらゆる光が集約された余白に佇んで、
この虚ろな夜と夜の、無限のページを、
永遠に繰り続けることになるだろうから。

「さようなら。」
──じゃあね。
”Good-bye. ”

──よい夜を。

(『昇天する』だとか、『土に還る』だなんて、そんな修辞的なもんでもなかったな、今になって考えると。)

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