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(私小説)朝のゴミ出し

 週一の朝のゴミ出し。

 今、私が意識的に行なっている、「正しいこと」はそれだけだ。

 無論、道端で人が倒れてたら介抱するし、電車で席を譲る。しかし、東京はマナーが良くてシルバーシートはいつも空いていて、機会は少ない。

私の家庭環境

  私幼い頃から「感謝」を徹底的に教える宗教を中心とした大変正しい両親の家に生まれたのではあるけれど、私を教育したのはミリオタで偏った思想と正義感に染まったうるさい歳の離れた兄で、何度も叩かれ泣かされて教え込まれた。いつしか大きくなって兄は大学を中退し入社した近くの工場でも、持ち前の偏った思想と正義感とうざがらみで失職したことはショックだったようで。それから自営を始めたようだけどずっとうまく行って無いようでした。私は社会に出た後兄に教わったバイトをしてそれから仕事は頑張ったら頑張った分だけうまくいって。会社を作るまでにもなったけど家族には内緒でいつも母からは「早く就職しなさい」とそっと無心してくれていた。兄は相変わらず仕事はうまくいっていないようで結婚もしたが相変わらずでした。私の仕事はうまくいきでも実家で家族と会うと言えることは少なかった。年収の桁が違ったから…。母は「早く就職しなさい」と言ってそっと無心してくれた。

ある散々な夜の散々な出来事

 そんな頃でした。私の仕事はうまくいき、調子に乗ってたんだと思う…。ある日仕事で盛大に取引先に大変な失礼なことをしでかす失敗をしてもめて怒られて、傷心しながら帰った深夜、いつものようにゴミ出しをしなきゃと夜中にマンションの外に出てゴミ出ししていたところ、ちょっと離れたところから見知らぬおじさんらしき声に突然怒鳴られた。驚いてそちらを見ても誰かいるぐらいしか見えなかったけどその声は言った。

 夜中に出すんじゃ無い!
 迷惑だろうが!
 これだから若いもんは!
 お前の住所突き止めてやるぞ!
 
と…。

 ものすごい剣幕で、酔っ払いかとも思ったがともかく恐ろしかった。私は恐怖で部屋に逃げ帰った。そしてすぐにベッドで毛布を被った。そして思った…。私はいい子で、正しいことをしてるつもりだったのに、いつからこんな悪いことも平気でできるようになってしまったんだろう。毛布の中でさっきの人が来ないかと恐怖で怯えながら泣いて眠った。オートロックだったんだけどね…。

普段通りの、愛

 翌日実家に帰る日だったので暗いこころもちのまま帰ると実家は少しひんやりしていて普段通りだった。両親と兄も普段通り。私は何も言うことができなかった。兄には何かにつれて説教されて、ちょっとうざく、母には「早く就職しなさい」と言われてそっと無心された。普段通り…。

 私がこんな辛い目にあってるのに、まあ私も表にも出さないようにしてるけど、変わらないな、この人たちは。普段通りだ…。変わらない家族たち。昔から…。でも、それらは愛情をもって接してくれてるってことなんじゃないかと、ふと思った。私、愛されてたんだ…と、ハタチを過ぎて、ようやく気がついた。

 そして思い出した。私が覚えてないくらい幼い頃から私は大変に可愛かったらしく、両親と、それと兄に可愛い可愛いととても可愛がられて育てられたらしいと言うことを。そして私は愕然とした。いつから私はこんなやつになってしまっていたのだろう。私は悔しくて悲しかった。一体いつから…。それを帰宅後も、しばらく暗闇の中で目を開けて考え思い出してみても分からなかったが私は決意した。これからは正しいことをしよう、そして、もう一度私に関わる全ての方々・モノ・コトに感謝して、本当に正しいことのために積極的にならなければいけないと思った。それからだ。私がゴミ出しを指定日の早朝に起きて行うようになったのは。初めてのことだった…。

私の密かな、秘密

 私の仕事の秘密主義は相変わらずで、兄にも知られず両親にも秘密にしていたので、実家に帰るたびに母から心配されて「仕事大丈夫なの?」などと言われ続けて、こっそり無心などしてくれ、また兄には会うたびに説教され偏った思想を語られ続けたが、私は思った。この人たち私より高齢なわけで、先に亡くなるかもしれない。その家族に今まで感謝の意を伝えたことはあったろうか。

 …無い。

 私は一度は伝えなければならないな、と思った。

 沢山説教してくれて有難う、と。
 愛してくれて有難う、と。
 そして愛してる、と…。

 朝のゴミ出し。

 今、私が意識的に行なっている、「正しいこと」はそれだけだ。


あとがき:

 再掲です。読み返してみると、最近書いたこの話しの「事件」の直後の出来事でした。人生って繋がっているんだなぁって…。


楽しい哀しいベタの小品集 代表作は「メリーバッドエンドアンドリドル」に集めてます