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臍下丹田で神域に達した男。〜松井 浩「打撃の神髄 榎本喜八伝」を読んだ。

WBCたけなわのかたわらで、こちらの本を読み終えました。

「打撃の神髄 榎本喜八伝」(松井 浩著)

文庫版・2016年刊行
(単行本は2005年)


伝説の巧打者。


榎本喜八えのもときはちは、1950年代後半から1960年代にかけて活躍したパリーグの名選手で、首位打者を二度獲得した巧打者。(入団は1955年、入団時のチームは毎日オリオンズ。)

2016年には野球殿堂入りも果たしているほどの名選手にも関わらず、選手引退後はどのチームでもコーチ・監督を務めず、野球界から距離を置いた晩年を過ごしており、少し謎めいた存在。

選手生活晩年には奇行が目立ったことでも知られているそうです。
ベンチで座禅を組み監督の声にも応じない、凡退するとベンチ裏でコーラ瓶を割る、試合前の客席で奇声を発する・・。

果ては猟銃をかかえて自宅に閉じ籠るなど・・。


奇行の裏にあった苦悩。


数々の謎の行動の裏にあった苦悩について、本書を読んでよく理解できました。

簡単に言ってしまうと生真面目過ぎて思い詰めてしまうタイプで、不調で落ち込むならまだしも、ヒットを打っても満足せずに塁上で考え込んでしまうような人で、いい意味での「あそび」、「ゆとり」が持てない人だったようです。

榎本選手を一流打者に育て、のちに王貞治さんをも育てた荒川博さんのインタビュー記事があり、「榎本は極めようとしすぎた」と語っています。

榎本はまじめだから、さらに突き詰めようとした。王もよく練習したが、その突き詰め方は違った。王は運よくホームランになれば喜んだが、榎本はホームランになっても、こう打てばもっとよかったと考える。技術的には王よりも榎本のほうが上だった。しかし、榎本は極めようとしすぎたのだろう。精神的に大変な状態になった。その点、王は適当にサボることを知っていた。突き詰めた先に、ゆとりや遊びが生まれた。この点が、世界一のホームラン王になれた王と、そうでなかった榎本の違いではないだろうか。

週刊東洋経済編集部記事より引用。

ほどよい「あそび」、「ゆとり」は大事だと思いますが、榎本喜八は性格的にそれができなかったようです。


臍下丹田でプロの壁を破る。


榎本選手は高卒後一年目でレギュラーを獲り三割近くの打率を記録し新人王に輝きますが、その後は伸び悩みました。

そんな榎本選手が超一流への道を歩むきっかけとなったのが「臍下丹田せいかたんでん」と言う古来から伝わる智恵で、へその下を体の中心として、そこに力を入れることで体が楽に動いたり、気持ちがどっしりと落ち着く、という教えだったそう。

本書には、榎本選手が荒川博の導きにより合気道の道場に通い出し、臍下丹田を会得していく過程、また、なぜこれが打撃技術の向上に繋がるのか、身体的メカニズムの説明とともに綴られています。

その部分はなかなか字面だけを追っても分かりづらいのですが、かなり具体的に書かれているので、なるほどと唸るところも多かったです。

例えば、「腸腰筋」と呼ばれる筋肉がうまく使えるようになる・・そうすることで足の使い方が劇的に変わり軽くなる・・下半身から無駄な力が抜け、腰がどっしりと落ち着く・・といった具合。

本書では実際に読者も試して体験してみることを勧めており、ちょっとやってみたい気にさせられました。(著者が古武道や呼吸法を学んでいたこともあり、榎本喜八に興味を持たれインタビューの実現にこぎつけたそうです。)

私の場合、運動なんてランニングぐらいしかしないのですが、それでも無駄な力が抜け下半身がどっしりすれば、楽に走れるようになるのでは、と思えます。


伝説の球場、東京スタジアム。


本書では、榎本選手が所属した毎日オリオンズ(のちに大映、東京、ロッテと名称は変わった)の本拠地だった東京スタジアムについても描かれており興味深かったです。

以前読書感想記事を書きましたが、「東京スタジアムがあった」という本との合わせ読みもおすすめです。

この記事でも書いたのですが、東京スタジアムの跡地をいつか訪れてみたいです。

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