外は大雪、桜は満開

 「長く、辛い、見えない悪との格闘の日々じゃった」

 『騎士竜戦隊リュウソウジャー』のリュウソウレッドのお面をつけ、手作りの武器を持ったシュウヤと、『仮面ライダーゼロワン』の変身ベルトをつけ、飛電 或人のフィギュアを持ったマサキ。

 「だが、それも終わり。我々は勝ったのだ!」

 『鬼滅の刃』に登場する鬼滅隊の甚平を着たハルキと、手持ち無沙汰でも何も動じないマリン。

 「今宵は宴じゃああああ!!祝杯をあげようぞ!!!」

 長老的な話し方をしているのは、特にコンセプトも何もなく、ソファにあった水色のブランケットをマント代わりに頭からかぶせているヨシトだ。

 「おおーーー!!!!」

 ヨシトがブランケットを脱ぎ捨て、ガラスのコップに入ったオレンジジュースを掲げる。うるさかろうが、今日の5人には関係ない。なぜなら、このヨシト家には他に誰もいないからだ。この家は5人のものになった。唯一ママから課せられたルールは、外にでないこと、である。(ヨシト以外に人がいる想定でママは言っていないし、もちろん4人はそれぞれの家からやってきてはいるけど。でもママには言ってないけど友達が来ることは先週から決まっていたから)今のところ、多分守れていると思う。

 普段遊んでいるのは、2階にあるヨシトの部屋だった。でもその部屋は狭く、重ねてベッドと学習机があるせいで、4人で遊ぶには限界があった。ついにその部屋から脱する時が来た。初めて、4人をリビングに招き、ここが我々だけの空間なのだ! と思ったとき、ヨシトはまるで自分が神様になったような気分だった。

 「今日はこっちだ」
 午前10時。ヨシトのご機嫌はすぐに4人に伝わった。玄関を開け、普段通りすぐに2階に行こうとすると、ヨシトが不気味な笑みを浮かべて言った。いつも玄関からうっすら見えていたリビングに初めて通された4人は、いけない空間に入り込んでしまったのではないかと罪悪感を抱えそうになったが、ヨシトが冷蔵庫を開け、「まあ誰もいないし、好きにしてってよ。ほら、バヤリースもあるぜ」と告げれば、一瞬で許された。
「ほんとに親いないの? マジ?」
5人のなかで一番お調子者のシュウヤが念入りに確認する。
「あぁ、二人は朝早くどっか行ったよ。つまり、今日はなにしたっていいってことだ! 喜べ、我々は自由を手にした!!」
いやっほぉおおおおおお!! と人の家のリビングを走り出すハルキと拳を突き上げるマサキ。それを優雅に見つめながら、ヨシトがゆっくり話し出す。
「でも、残念だがたった1つルールがある。外に出てはいけない。この自由は、その条件を飲んで手に入れた宝だ。でも、もちろん我々はまだめちゃくちゃに元気な小学5年生である。ハルキのようにはしゃぎたい年頃だ。だから、すでに手は打ってある。昨日の夜、電話したよな? そのブツはちゃんとあるか?」
まるで世紀の大探偵のような話し方をするヨシトにマリンが呆れる。
「でもそのルール、あたしたちが来てる時点で破っちゃってない?」
瞬間、マリン以外の4人がハッと動きを止めた。でも、すぐに世界は動き出す。
「マリン、お前はいつも冷静だな。でもいいんだ。今日だけは。俺たちと一緒に、すべてを解放しようじゃあないか。ブツは持ってきて、くれたよな?」
ヨシトのキャラクター設定に、いまだに慣れないのはマリンだけのようだ。もはやほかの3人は、「これがいつものヨシトだ」ばりの受容である。
「ええ、所長。もちろんです。でもこんなことして本当にいいんですか?」
ノリがいいとヨシトは笑ってくれる。その笑顔にできるえくぼを、マリンは見るのが好きだった。
「最高だ。よし、みんな集まってくれ! まずは準備だ! テーブルに供物を捧げよ!!」
その号令のもと、5人がそれぞれ動き出す。ヨシトはテレビ台でNintendo Switchを起動させ、他の4人はリュックやショルダーバッグから各自で持ってきたものをテーブルに置く。シュウヤはお面をかぶり、マサキはベルトをつけ、ハルキは甚平を着た。ガラスのリビングテーブルに一堂に会する光景に、5人それぞれ少し酔っていた。
「社長、準備完了だ!」「部長、準備完了です」「係長、準備できました」「所長、準備OKよ」
ヨシトは笑わない。どれも平気で受け入れている。というかイチイチ指摘してたらめんどくさいことを知っている。
「諸君、よくやった。では、改めて──」

 宴は、“開封の儀”から始まった。
「今日、それぞれに“初めて"のものを持ってきて、と言ったと思う。そしてその記念すべき“初体験”をここで終えようじゃあないかと。まずシュウヤ、君は何を?」
はい! と飲んでいたバヤリースをテーブルおき、目の前のものを説明する。
「俺の初めては、カップ麺だ! 日清のカップヌードル、みんなは食べたことあるか? 俺はない。あんなにうまそうなのに、両親の前では食べさせてはもらえない! だから、今日ここで堪能しようと思う」
透き通った、芯のある目をしていた。シュウヤは真剣だった。そしてマリン以外の3人も食べてことがなかった。うんうん、と二度頷き、ヨシトが次のマサキにバトンを回す。
「カップ麺、いいな。でも俺はポテチ1袋まるごと一人食いに挑戦したいと思う!」
その発言に場が揺れた。ポテチ1袋を、まるまる一人で!? そんなこと、親に見つかればギロチン処刑ものだぞ! そんな空気が広がった。
「わかってる。いかにこれが危険な行為か。俺は来週までもたないかもしれない。それぐらいの脂分があるって、うちの母は言ってた。でも、俺はみたんだ。父がポテチを頬張っている姿を。一歩間違えれば俺は死ぬかもしれないけど、でもこれは人類が先に進むための偉大なる一歩になると思う」
シュウヤが信じられないといった目でマサキを見つめる。お互いの視線は交差しない。羨望と憂慮のまなざし。次、とヨシトが促す前に勝手にハルキが話し出す。テーブルには、1.5Lのコーラとペプシ。
「今日、俺が持ってきた“初めて”はこちらです! コーラとペプシ飲み比べしまくったら、目をつぶってもどっちかどっちのメーカーか当てられるようになる説!」
おおー! と歓声があがる。うわっそれ俺もやりたい! 俺も! そんな声がテーブルを挟んで飛び交う。ハルキが「マリン、これどう思いますか?」と振ると、「あたし、ダウンタウンじゃないから」と小さくツッコんだ。でもハルキ以外にはウケなかった。ハルキとマリン以外は「水曜日のダウンタウン」を見ていなかったのである。1つ間を置いて、マリンが切り出す。テーブルにさっき置いたお茶をリュックに戻し、新たに1つの缶を取り出した。
「あたしは、ビールを飲もうと思う」
訥々としたそぶりに理解が追いつかなかった。でも、徐々にマリンの発言が浸透するとさっきスベッた空気とは全く別の、まるで空気が移動するのをやめたように場が凍りついた。マリンにはそれが快感だった。
「ビール。20歳以上しか飲めないの。でもあたしは飲むわ。少しくらいなら、きっと平気だと思うの」
誰も、何も言わない。その正体は、「よせ!」と制止することさえも、関与が疑われるのではないかという恐怖感と、こいつはまじでやばいという危機感である。口火を切ったのは、ハルキだった。
「マリンは飲まなくていい、俺が飲む!」
嫌な予感がした、とマリンは思った。
「俺も!」「俺も!」「わしも!」そして、その瞬発力がすごいなとも。
〈こいつらは、あたしを冗談にしようとしてやがる〉マリンはそう思った。
「やめて、あたしは飲む。大丈夫、全部飲むわけじゃないし、まずかったらすぐやめる」
マリンは缶のプルタブに手をかけた。4人にはそれが時限爆弾の装置に見える。
「よせ!! 早まるな!! マリンとはもっと遊びたいんだ!!」
自殺現場か、はたまた火事に突っ込むヒーローか。
「マリンやめろ!! もし帰りにバレて親か警察に捕まったら、お前の人生おわっちまうぞ!! いいのかそれで! 俺は、俺たちはもっとお前と会いたいよ!」
ハルキは小さく泣いていたかもしれない。マリンはそう思った。でも。
「みんな、ごめん」
カシュッと音がした。プルタブを開け、グイッと飲む。そしてすぐ、目の前にいるマサキに毒霧の如く吐いた。
「まっず!!!」
だめだこれ飲めないわ。そう言って口を急いでバヤリースでゆすぐマリンを見つめる3人は安堵した。マサキはまだ、現状を理解できていないようだ。一瞬で、全てが出来事の前に巻き戻る。ヨシトが、ゴホッと咳をして場を落ち着かせた。
「じゃあ、みなのもの。準備はいいか? わしは今日、ゲームを1時間以上やってみようと思う。うちではゲームは1時間ルールがあるからな。すまんな、一番地味で」
目に見えて場が和む。テレビをつけると、マリオカートの軽快な音楽が流れ出した。そうそう、これぐらいでいいのよ。マリン以外の全員がそう思った。

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