今日も2度寝
そこは、まるでてんごくだった。 まいにち3しょく、あたたかいごはんがたべられる。 いっしょにくらすともだちはみんなやさしいし、 おとなたちはいきなりなぐってきたりしない。 それどころか、かんたんなしごとをしているだけで、みんなほめてくれる。 ねるときに、だれかにふみつけられることもない。 そこにいるときだけは、 こんなじぶんでも、たのしくいきていられたんだ。 「もう2どと、かえってきちゃダメだよ」 しゅっぱつのときにかけられたことばがよぎる。 でもごめんなさい、せん
サカグチくん。 私に、相談したいことがある、って聞きました。 どうしたんですか? 自分で言うのもなんですけど、先生、そういうの得意なんですよ。 まぁ、だてに15年も、教師やってませんからね。 頭ごなしに否定したり、叱ったりすることはありません。 気にせずに、思っていることを、そのまま伝えてほしいです。 ……。 なるほど。 わざわざ先生に相談、というくらいですから、 万引きを強要させられているとか、 女の子を妊娠させてしまったとか、 そういうもっと深刻な話かと思って
両足を、小さな足場へとあずける。 ひとつずつ、ゆっくりと。 それほど高い場所にいるわけでもないのに、思わず足がすくむ。 こんなにも大きくなったのに、 地面から足を離すのはまだちょっと慣れなくて、どこか不安だ。 もう10年以上前になるだろうか、 小さなころの公園の景色が思い浮かんだ。 オレンジ色の西陽が射す公園。 ボールを追いかけてはしゃぐみんなの集まりに、いまいちなじみきれない私。 公園の隅に追いやられた、さびついて小汚いその遊具は、 ひとりぼっちの私に、いろい
[ 1 ] 玄関の扉が、ほんの少し空いている。 たったひとつの失態によって、 すがすがしくさわやかな1日のはじまりの時間は、いっぺんに台無しになった。 * 5時42分。 カラスともキジバトとも知れない鳥たちの、どこか遠慮がちな声が夜明けを告げる。 かすかな草の香りをふりまきながら、少しひんやりとした空気が流れこんでくる。 まだそれほど人を乗せていない電車が、カタンカタンと鼻歌を鳴らしながら、軽快なスキップで通りすぎていく。 背伸びをしてゆっくり立ち上がり、目をこす
・油 ・薄力粉(たこやき専用の粉でもいい) ・卵(2パック) ・ソース ・マヨネーズ ・タコ(たくさん) ・ウインナー(シャウエッセンじゃなくてもいい) ・切り餅 ・チーズ ・青のり ・紅しょうが ・ネギ(もともと刻んであるやつ) ・かつおぶし ・油 ・アイスピック(たこ焼きを転がす用) ・大きめの紙皿 ・割り箸 ・竹串(中の焼き加減を確認する) ・ビール(できればプレモル) ・ウイスキー ・缶チューハイ ・梅酒(紙パックのやつ) ・油 ・タオル ・新聞紙 ・睡眠薬(人数分)
なつきさん。 お久しぶりです。 気温の変化が激しい今日このごろですが、風邪などひかずにお元気になさっているでしょうか。 こんなにデジタル化の進んだ時代に手紙なんて、と思われるかもしれません。 ですけれども、私にはどうしても、こみあげてくる熱い気持ちをそのままにしておくことができなくて、 わがままを承知で、こうして手書きでメッセージを書かせてもらっています。 なつきさんは、私にとって、まさしく女神というべき存在でした。 数合わせでたまたま参加することになった、人生で初
どういうわけか、一向に平和は訪れない。 数々の戦いにおいて、我々は勝利を収めてきた。 圧倒的な軍事力をもって、憎き敵対勢力を、完膚なきまでに叩きのめしてきた。 我らの宗派こそが、民主主義の名のもとで、より多くの人間を悦ばせられる「正義」であるということを、長年にわたって示し続けてきた。 我々は正しい。 愚かなる敵対勢力たちは、そのいかにも重そうなかぶとを脱いで、我らが軍門に降らなければならない。 さもなくば、その身体は無惨にも焼き払われ、溶かされてしまうだろう。 我々
ブドウの果実のような、異様に大きく濃く暗い眼が、いっせいにこちらを向いた。 *** 一面に貼り出された、最高傑作の数々。 「おかあさん ありがとう」というポップ体のメッセージとともに、 名前も知らなければ会ったことすらない母親たちの肖像画が、ずらりと並ぶ。 私が生まれ育った田舎のまちでは、母の日のイベントとして、園児たちが描いた似顔絵が、スーパーやコンビニに貼り出されるのが恒例となっていた。 普段は簡素なかざりつけしかされていない壁面がたちまちピンク色に染まり、 見
「ピーちゃん、いっつもこんな感じで、うちの手に乗ってくるねんなぁ」 夜も更け、たわいもない世間話で一緒に盛り上がっていた友人の声のトーンが、電話越しにもはっきりと感じられるほど、がらりと変化した。 小さな乱入者へとかけられたその言葉は、驚きからとっさに発されたものなのか、「タイミング考えてよ〜」というちょっとした苦情なのか、それともあまりある愛着のメタファーなのか。 そのときの彼女の胸の内にどのような感情が渦巻いていたのかは定かではない。 だがそれでも、ひとつだけ確実に