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『ハムレットQ1』(ウィリアム・シェイクスピア、光文社新訳文庫)の感想

 世界の文学者で一番の大物。「Q1」は「ハムレット」の別バージョン。むかしは海賊版(ブートレグ)扱いだったが、いまは当時の上演状況を伝える異本(いほん)と扱われているらしい。正典(せいてん)(F1とかQ2)の半分くらいの長さ。
 17世紀初頭出版の古文学だが面白い。その一因として、「この世の関節が外れてしまった」(p49)レベルで悲劇が描かれていることがある。そして、「そいつを正す」(同)ことは他の大切な「関節」を外す無理が生まれる。
 父王を喪い、すぐに母后が叔父と結婚する現実をハムレットは受けいれられない。すると父王の亡霊が現われる。亡霊は叔父が自分を謀殺したと言い、その復讐(ふくしゅう)を囁(ささや)く。受けいれ不能な現実に対する一つの目標が与えられる。
 その目標を遂行する中でハムレットは愛を裏切る。愛していたはずのオフィーリアを狂気(の演技?)によってすげなく扱う。愛を含んだ謀殺に対する復讐を生きるハムレットは、誰かを愛する生を断っている。
 ハムレットはチクリ屋のオフィーリアの父を過失で刺殺する。それでオフィーリアは狂気に陥(おちい)る。ハムレットが謀殺を「正す」なら、自分をも「正す」必要がある。これが「この世の関節が外れてしまった」状況下での行為だ。
 有名なハムレットの台詞は「生か死か、問題はそれだ」(p60)である。この“To be,or not to be:that is the question.”は含蓄がある。『Q1』は特に「あるべきかないほうがいいか、それこそが疑問だ」と訳せる。受けいれ不能な現実と、復讐心を持ち過失を行う自分とが強烈な疑問の下にあること。最も欲するものこそが疑問にさらされ続けること。この生の感触をよりスピーディーに追求する『Q1』も、名作だと思う。

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