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《大学入学共通テスト倫理》のための孟子

大学入学共通テストの倫理科目のために歴史的偉人・宗教家・学者を一人ずつ簡単にまとめています。孟子(前372頃~前289頃)。キーワード:「性善説」「四端(惻隠の心・羞悪の心・辞譲の心・是非の心)」「四徳(仁・義・礼・智)」「浩然の気」「五倫(親・義・別・序・信)」「王道」「易姓革命」主著『孟子』

これが孟子

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生没年など確定していませんが、孔子の没後100年ほど後の戦国の時代に生を享けたのが孟子です。孔子の孫である子思から儒教を学んだという伝説がありますが、これは活躍年代を考えて否定されているようです。

📝孟子は、孔子に継ぐ儒教界のビッグ・ネームです!

继承并发扬了孔子的思想,成为仅次于孔子的一代儒家宗师,有「亞聖」之称(フリー百科事典「維基百科」、孟子のページから引用)

「孔子の思想を受け継いで推し進め、この儒家の創始に継ぐ他にない存在であり、『亜聖』と称される」が拙訳。この「亜」は次という意味で、儒教で聖人の孔子と同じくらい大切に扱われているのが孟子です!

📝孟子の思想は、なんといっても「性善説」です!

本性が自然のままに発露すれば、人間は誰でも必ず善をなすはずである。これが私のいう『人の本性はみな善だ』という説なのだ。/其の情(せい)(性)は則ち以て善を為(な)すべし。乃(こ)(是)所謂(いわゆる)〔性〕善なり。(『孟子 下』(小林勝人訳注、岩波文庫)p234/231告子章句上から引用、ただし、訳の「発露」の「はつろ」のルビを略し、書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

これが孟子の「性善説」。人間の生まれつきを善とする発想は、確かに孔子を推し進めた感じがします。「其情、則可以爲善矣、乃所謂善也」

📝孟子の「性善説」の根拠をチェックしましょう!

①まず、ある瞬間のリアルさがあります!

ヨチヨチ歩く幼な子が今にも井戸に落ちこみそうなのを見かければ、誰しも思わず知らずハッとしてかけつけて助けようとする

人乍(にわか)(猝)に孺子(じゅし)(幼児)の将(まさ)に井(いど)に入(お)(墜)ちんとするを見れば、皆怵惕(じゅつてき)惻隠(そくいん)の心有り
(『孟子 上』(小林勝人訳注、岩波文庫)p139/p137公孫丑章句上から引用、ただし、訳の「幼」の「おさ」のルビを略し、書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

これが孟子の「惻隠の心(他人の不幸を見過ごせずかわいそうだと思う同情心)」。訳の「ハッとして」にあたる「怵惕(おそれる)」がいいフレーズだと思います。ある瞬間に、他人のピンチを自分のそれと同じようにおそれる心があること。こんな感覚を孟子は性善説の根拠としています。「人乍見孺子將入於井、皆有怵惕惻隠之心」

②そして、世界へひろがる善のイメージがあります!

自分の持っている本心〔である惻隠(そくいん)・羞悪(しゅうお)・辞譲(じじょう)・是非(ぜひ)の四端(よっつのめばえ)の心〕を十分に発展させた人は、人間の本性がほんらい善であることを悟るであろう。人間の本性がほんらい善であることを悟れば、やがてそれを与えてくれた天の心が分るのである。

其の心を尽(つ)くす者(ひと)は、其の性を知るべし。其の性を知らば、則ち天を知らん。
(『孟子 下』(小林勝人訳注、岩波文庫)p319/p318尽心章句上から引用、ただし、訳と書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

これが孟子の「四端(したん⇒四つの発端)」。同情心である「惻隠の心」、悪を恥じ憎む「羞悪の心」、他者を尊重する「辞譲の心」、善悪正不正を知ろうとする「是非の心」。この四つの心が「徳」の発端となるというのが孟子の考えです。また、孟子にあって人間がそもそも善であることは、「天の心」=世界がそもそも善であることを意味します。これはピースフルで魅力的な世界観でしょう。「盡其心者、知其性也、知其性、則知天也」

📝「四端」を育てていくと「四徳」に進化します!

あわれみの心は仁の芽生え(萌芽)であり、悪をはじにくむ心は義の芽生えであり、譲りあう心は礼の芽生えであり、善し悪しを見わける心は智の芽生えである。人間にこの四つ(仁義礼智)の芽生えがある

惻隠の心は、仁の端(はじめ)なり。羞悪の心は、義の端(はじめ)なり。辞譲の心は、礼の端(はじめ)なり。是非の心は、智の端(はじめ)なり。人の是(こ)の四端(したん)ある。
(『孟子 上』(小林勝人訳注、岩波文庫)p139/p138公孫丑章句上から引用、ただし、訳の「芽生」の「めば」のルビを略し、書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

ところでこれは人のイラスト……

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と言ってもいいんですが、「天」の文字の成り立ちです。人間が手足をいっぱいにひろげていて「大」よりも「頭」が強調されるところから、「大きくて上のほう」を指す「天」の意味が生まれています。孟子は「四端」を手足にたとえていて、この手足を広げて「天の心」を知るところまで人間が大きくあることができるというイメージを語っています。人間が仁で大なる天と一体となる「一つ」の感覚が孟子の思想にはあると評せるでしょう。ひょっとして、そのとき「天」の文字のなりたちが孟子の脳裏にあったかもしれません!

📝「四徳」を育てると「浩然の気」にメガ進化します!

この上もなく大きく、この上もなくつよく、しかも、正しいもの。立派に育てていけば、天地の間に充満するほどにもなる。それが浩燃の気なのだ。しかし、この気はいつも正義と人道とにつれそってこそ存在する

至大至剛(しだいしごう)にして直(なお)く、養いて害(そこの)うことなければ、則ち天地の間に塞(み)(満)つ。その気たるや、義と道とに配(合)す
(『孟子 上』(小林勝人訳注、岩波文庫)p122/p120公孫丑章句上から引用、ただし、訳の「育」の「そだ」のルビを略し、書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

これが孟子の「浩然(こうぜん)の気」。人格の完成が(天の心とともにあるという)ものすごい広がりの感覚とともに訪れるということを語っています。この「浩然の気」を養うのが立派な人物のつとめ。以下は横道にそれた話。センター倫理は他の思想とのキャラかぶりを嫌うんですが、この「気」の扱いは老子荘子の「道家」的なムードが少しあります。「至大至剛以直、養而無害、則塞于天地之間、其爲氣也、配義與道」

📝孟子は「四徳」の中でとくに仁義を重んじました!

仁ということばは人という意味であり、人間らしくあれということである。〔義という言葉は宜という意味であり、是非のけじめをつけるということである〕。この仁〔と義との二つ〕を合せて、これを人の道(道徳)という。

仁(じん)とは人(ひと)なり。〔義(ぎ)とは宜(ぎ)なり〕。合(あわ)せて之を言えば道なり。
(『孟子 下』(小林勝人訳注、岩波文庫)p401~402/401尽心章句上から引用、ただし、訳の「人」「宜」「是非」の「じん」「ぎ」「よしあし」のルビを略し、書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

これが孟子の「仁義」。孟子が道徳の中心はこの二つにあるとしたことで、それ以後「仁義」という言葉が漢語として定着したと言えるでしょう。「仁也者人也、合而言之、道也」

📝孟子は「仁義」で王にタンカをきってもいます!

「王様は、どうしてそう利益、利益とばかり口になさるのです。〔国を治めるのに〕大事なのは、ただ仁義だけです。

王(おう)何ぞ必ずしも利を曰(い)はん。亦(ただ)(惟)仁義あるのみ。(『孟子 上』(小林勝人訳注、岩波文庫)p33/p31梁恵王章句上から引用、ただし、書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

これは孟子の「王道(仁義による政治)」。引用は主著『孟子』の最初にある話。国の利益となる話を聞こうとする梁の恵王に対して、「仁義」という思いやりと正義を通せば国は治まり大きくなるという理想を説きました。徳によって社会を治めようという儒者らしい発想がここにあります。「王何必曰利、亦有仁義而已矣。」

📝仁政が敷かれるところに「五倫」が生まれます!

父子の間には親愛があり、君臣の間には礼儀があり、夫婦の間には区別があり、長幼の間には順序があり、朋友の間には信義がある

父子親(しん)有り、君臣義あり、夫婦別有り、長幼叙(じょ)(序)有り、朋友信有らしむ
(『孟子 上』(小林勝人訳注、岩波文庫)p211/p209勝文公章句上から引用、ただし、書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

これが孟子の「五倫」。「親・義・別・序・信」を守ることが人間的な社会を維持する話をしています。社会に伝わる基本的な人間の上下関係を踏まえてそれを強める感じが儒教的です。「父子有親、君臣有義、夫婦有別、長幼有叙、朋友有信」

📝最後に、儒者らしからぬ物騒な話を見ましょう!

自分が他人の父を殺せば、相手もまた自分の父を殺すだろう。他人の兄を殺せば、相手もまた自分の兄を殺すだろう。そうなると、自分で直接手を下して自分の父や兄を殺したのではなくとも、つまりは自分が殺したのと大した違いはない

人の父を殺せば人も亦(また)其の父を殺し、人の兄を殺せば人も亦其の兄を殺す。然らば則ち自(みずか)ら之を殺すにあらざるも、一間(わずかのへだたり)のみ。
(『孟子 下』(小林勝人訳注、岩波文庫)p392/p391尽心章句下から引用、ただし、訳の「他人」「下」「大」の「ひと」「くだ」「たい」のルビを略し、書き下しのルビをパーレンに入れる改変を行った)

他者の生を尊重することの意味を、愛する誰かを守るための倫理として認識するくだりです。孟子の思想はパッと見は当時ライバルだった「墨子」の博愛とよく似ています(個人主義の道家の「楊子」とは正反対です)。しかし、この引用の印象は全く異なるでしょう。「浩然の気」のような究極とつながる感覚においては全てを愛することができるが、そのおおもとにある感情はもっとも近い人に対する強い愛ということができます。「殺人之父、人亦殺其父、殺人之兄、人亦殺其兄、然則非自殺之也、一閒耳」

あとは小ネタを!

明治政府成立後の世界を描いた安彦良和の漫画『王道の狗』。白泉社の第1巻の帯文には孟子の言葉が引用されていた。この帯文が「生を養い/死を喪(おく)りて/憾(うらみ)なからしむるは/王道の始(はじめ)なり」です。「死者を厚く弔って心残りがないようにするのは、王道の第一歩です」という梁惠王章句上にある言葉です。

明治維新の精神的支柱の1人である吉田松陰。彼が密航事件で投獄中の講義にえらんだテーマが『孟子』。そこで松陰は、孟子に彼の現状を相談したいと述べている。そう感じるほど、松陰の支えとなる存在だったかもしれない。吉田松陰の『講孟劄記』は獄中で収監者や看守相手に講義したというもので非常に魅力的な書物です。

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