映画の再生②:映画館

☆プロローグ

「映画の再生①」で、映像面に関して述べたことをもう一度まとめれば、ある映画が24fps(P)ならば、それに即したソフトを選ぶべき(DVDやBlu-rayで市販されているのに間違っているものもある)であるし、そのソフトに忠実に再生できる環境で視聴するのが価値判断の大前提であって、その手前で良い/悪いを判断するのは、天に向かって唾するたぐい、になりかねないということであった。


☆シネコン

音声に関しても話は変わらない。映画館は音声が大音量であるということを除けば、あまり褒められたものではないのはご存知であろうか。キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)は70mmのニュープリント版が国立映画アーカイブで上映された。これは2014年に『インターステラー』を公開したクリストファー・ノーランが関わったものであるが、その70mmフィルムからコンバートされたものをIMAXで観たのが2018年で、ひどく感動したものだった。その時は自前のホームシアターを持っていなかった。クリストファー・ノーランの最新作の『オッペンハイマー』(2023)は坂本龍一が音響システムをプロデュースしたという109シネマズプレミアムに観にいった。チケット代がえらく高いのであるが、2023年製作の作品を35mmアナログ上映するというのだから、『2001年宇宙の旅』の70mm版を逃して絶望した映画ファンとしては今度こそは見逃せないと思ったのだ。率直に言ってその映像はフィルムのアナログ上映に合っているとはあまり思わなかった。内容も女たちの間をふらふらしてコミュニズムにも原子爆弾に対しても非選択的に迎合する男の話を、タルコフスキーの『惑星ソラリス』(1972)でベースを作って、諸々を盛大に糊塗してるよね。そして音響であるが、他の多くの映画館よりも確かに立派である。しかしそれは、ミニシアターを少し大きくした程度の箱がなせるわざなのではないだろうか。色々な拘りがつまっており坂本龍一の目がスピーカーやアンプやケーブルにまで及んだようなのだが、ぐっとはこなかった。まず、遠い。アナログのフィルムも最近のデジタル上映に比べれば輝度が低いのだから、投影機とスクリーンを近づけて、さらにスクリーンサイズを小さくして、収容客数も抑えて、良質な音声情報がきちんとお客さんに伝わるようにすべきだろうね。ふんぞり返って家のテレビよりは画も音もいいな、と納得できる額のチケット代ではない。あの35mmアナログ上映&坂本龍一監修の音響シアターで映画を観るならば、普段よりも前目の中央で観たほうがおそらく条件が良いであろう。


☆ドルビーシネマ

丸の内のドルビーシネマも最近音が良いと思った映画館の1つだ。デカい空間でもわりと繊細なサウンドを再現しようとしいるのだろうが、あまり聴きわけられないなと映画館で感じたものだった。横幅や縦幅に伸びてしまっていて音と音がリンクしておらず、力強い音像ができていない。ドルビーアトモスのドルビーシネマだの、DTS系のIMAXだのと、いったいどこがどう違うんだという感じであるが、大沢幸弘氏というドルビージャパンの社長さんが以下のように説明している。

「Dolbyは、画期的な映像・音響技術で、より臨場感の高い視聴体験を提供します。この体験は、映画館やホームシアターシステムだけでなく、現在は一般の4K TV・音響機器・スマートフォン・PCなどで手軽に楽しめるまでになりました。Dolbyの立体音響技術「Dolby Atmos」はオブジェクトベースのサラウンドで、従来の5.1/7.1chなどのチャンネルベースのサラウンドとは異なり、xyz座標の位置情報を持たせた音源を対応機器(以下デバイス)側でレンダリングをし、どのようなスピーカーレイアウトであっても予め指定された位置で聞こえるように音を再生することができる技術です。これにより、どんな再生環境であっても制作者が意図した通りの音響効果を再現することが可能になります。また、従来の水平方向に広がるチャンネル(以下ベッド)とxyz座標に置いたオブジェクトを組み合わせることで、音像を意識させたり、頭上で音源を縦横無尽に動かしたりといった複雑な音響効果を生むことができます。」
Dolby Atmosによるエンターテインメントの変革 | 一般社団法人 日本オーディオ協会 (jas-audio.or.jp)


こういう話を聞くと、ドルビー・アトモスって凄い!となるが、宣伝だと思う。自分のドルビーシネマ劇場体験は4本だと思うが、「どんな再生環境であっても制作者が意図した通りの音響効果」というほどのものを私は知覚できていない。「従来の水平方向に広がるチャンネル(以下ベッド)とxyz座標に置いたオブジェクトを組み合わせることで、音像を意識させたり、頭上で音源を縦横無尽に動かしたりといった複雑な音響効果を生むことができます」ということだが、ドルビーアトモスでないソフトの再生でもドルビーシネマ以上に「頭上で音源を縦横無尽に動かしたりといった複雑な音響効果」を自宅でちゃんと知覚体験している。

スピーカーが天井にずら〜っと並ぶのだが、リスポジとの距離に対して、スピーカーどうしの距離が近すぎるのか、音が繋がって動いている感じがないし、音が迫ってくる感じも弱い。側面も同様な、ドルビーアトモスのレイアウトはドルビージャパンのHPから。

Dolby Atmos Work Flow PDF | DolbyJapan


映画館というのは不特定多数の人がどのスピーカーの近くに、あるいは、遠くに、座るのか分からない空間である。エンジニアとしてはスイートスポット(狙い通りの音質やその効果を実現する理想的な場所)を絞れない非常に困難な空間なのである。ドルビーアトモスはそういう映画館を基準にしているので「どのようなスピーカーレイアウトであっても、、、」という発言になるのだろう。プロのサウンドエンジニアはもちろん、私のようにアマチュアであるが真剣な映画ファンであっても、どのようなスピーカーレイアウトでも、、、などという発想にはならない。ドルビーアトモスは<<スピーカーの物理的な空間上の不都合や制約>>を、<<電気的なプログラム>>によって乗り越えて解消できるという発想なのであろうが、実際のドルビーシネマの映画館は音響がそれほど素晴らしいわけではない。同時に、スピーカーの物理的空間上の不都合や制約を可能な限り物理的に調整して解決する方向に進むことができる私のホームシアターでは、ドルビーアトモス映画でなくとも複雑な音響効果を生み出すことができる。

これはドルビーシネマを貶しているのではない。自分のホームシアターを自慢しているのでもない。ドルビーアトモスの電気的なプログラムによる十全な解決という発想が、誤解を招くものであると言いたいのである。


☆シネコンかミニシアターか

電気的なプログラムを向上させることはもちろん重要である。しかし自宅視聴した際に、ドルビーアトモスによる映画視聴が部屋の物理的不都合を減らしていくことで大幅に改善していく経験を実際にしている以上は、「・・・どんな再生環境であっても制作者が意図した通りの音響効果を再現することが可能になります。また、・・・複雑な音響効果を生むことができます」というのは、宣伝文句であり過信は禁物であると言いたいのである。

まず、映画館はS/N比(音声信号(S)と騒音(N)の比率)が低すぎる。それを改善する物理的な方途をもっと試すべきである。今の大型映画館はシネコンに支配され過ぎて、ブロックバスターblockbusterの一本釣りで我慢すべきなのに、コンスタントな売上を確保するために他の作品に関しても敷居を低くしすぎである。多くのミニシアターは旧態以前のシステムをどうにかすべきである。音響効果の高そうな派手な作品(〇arvelとかD〇とか)はシネコンで観るが、ミニシアターでは深い人間ドラマを観るというのは、おかしくないか?<<深い人間ドラマ>>は音響効果に工夫を凝らして製作されていないのか?まさか。どんだけ映画-不-通の発想なのだ。同録したミニマムな空間に宿る無限の音声を聴き届けた経験がないから、人間深ドラマは設備の劣るミニシアターでいい、とかいう発想になるんだろう。

こういう奇妙なシネコンとミニシアターの住み分けは、ミニシアターで観る映画には音響効果など大してないのだという異様な誤解を客の深層に植え付けていないだろうか。これは客を育てるのではなく、客の感性を劣化させる、そんな映画業界に蔓延る奇怪な結託なのである。ミニシアターこそがシネコンよりも音響効果を高めるポテンシャルがあるしニーズだってあるのだ。それこそドルビーアトモスをミニシアターこそが導入して、<<深い人間ドラマ>>のエモーションを客に物理的にちゃんと体験してもらう機会を提供すべきなのである。きちんとした音響システムは客にエモーションを想像させるのではない。体感させてくれる。また、ミニシアターはスクリーンの横幅いっぱいに客席を並べるのもやめれば、センタースピーカーを使わないですみ、透過型のスクリーンをやめることもできるだろう。ミニシアターの網目模様が見えてしまっているサウンドスクリーンをやめればスクリーンゲインも上がって安いプロジェクターでも画質が良くなるし、音質もスクリーンを通さない分だけ大幅に改善する見込みがある。ミニシアターから変わっていって欲しい。ミニシアターでは<<人間>>の大切なところが、きっと、体験できて、だから映画を愛する人たちが通う場なのでしょう。その人たちを育てる場になって欲しい。

ゴダールの『カルメンという名の女』(1983)はヴェネツィアで金獅子を取ったが、ラウール・クタールが撮影賞、フランソワ・ミュジーが音響賞を受賞していたよね。Blu-rayの冒頭に茶目っ気たっぷりに音響で賞を取ったんだよって字幕で出ていたよね、たしか。ミニシアター系はちゃんと音響を大事にしてる証だね。

ゴダール、『カルメンという名の女』は音響も注目。

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