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ことば屋さんのまいにち  第1回

高橋美佐(英語・仏語・伊語フリーランス通訳、コーディネーター)


ーーー通訳や翻訳という商売は、なにを売る商売かというと、「ことばを使ってできるサービス」を売っているのです。ベレ出版さんは本を作って売っていらっしゃるので本屋さんですね。だから、私は、ことば屋さん。わたしのお店に並んでいる品物は、英語と、フランス語と、そしてイタリア語です。
毎日、いろんな注文が飛び込んできます。「無理な注文」もときどきあります。でもだいたいのところは、なんとか、売ることができています。いったいどんな注文が入るのか、みなさんにお話しましょう。

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・注文その1・ 「海外の音楽家に国際電話をかけて、インタビューをしてくれませんか」

この注文、最初は上手にできなくて。でも……回数を重ねるうちにコツを覚えて、いまは得意な仕事です。日本人は西洋のクラシック音楽が大好き。東京など大都市では毎日のように世界の有名なピアニストやバイオリニストがコンサートをしています。そういう演奏家や指揮者が日本に来る前に、雑誌やウェブサイトに宣伝のための記事が載ります。電話でいろいろ質問をして、そういう記事を書いてください、と頼まれるのです。

電話の前に、まず万全の準備

さて10年ほど前からこの注文を受けるようになったのですが……実際のところ大変です。だって私は、そういう有名な人たちには直接会ったことがない場合がほとんどで、面と向かってお話するならまだしも電話でなんて、とってもこわいのです。気難しい人だったらどうしましょう。こちらは丁寧に話しているつもりでも、もしなにか失礼な感じを与えてしまったら、会話がうまく進みません。
ドキドキしながら、電話をかけます。質問の内容は雑誌社や宣伝用のウェブサイトの担当者と話して、あらかじめ決めておきます。それを電話のむこうの相手のことばに直して準備しておくのが、第一の仕事。相手がどこの国の出身で、若いのか、大御所か、得意な演目はなにか、コンクールで優勝したりしたことがあるのか……うっかり変なことを言ってしまわないように、用心して全部調べるのです。相手がピアニストなら、ピアノのことも知っておかなければならないし、バイオリニストなら、バイオリンのことも調べます。

冷や汗をかくことも……

「こんにちは。通訳兼ジャーナリストの、たかはしみさです。よろしくお願いします。」
「こんにちは。お話できて嬉しいです。」……ほっ、よかった、気さくな感じの人だった! ……という場合は、ラッキーなのです(笑)。とにかく最初の滑り出しが成功すれば、あとは流れで20分から30分の時間をかけて、雑誌の記事にして3〜4ページになるぐらいの量の情報を聞き出します。日本の音楽好きの人たちに楽しんでもらえる内容になるかどうか、気を使いながら話を進めます。

日本語だったとしても難しいこの仕事を、フランス語やイタリア語で上手にできるようになるまで、ずいぶん経験が必要でした。失敗も、もちろん、たくさんしました。顔が見えない電話では、相手の呼吸をキャッチするのが難しいものです。うっかり、相手がまだ続きを話したがっているのに途中で遮ってしまったり、反対に妙にシラけてお互い無言になってしまったり……冷や汗をかきながらの30分です。そしてその会話は、電話に接続できる機材を使って録音しておきます。

いよいよ会話を原稿に

さて、「いろいろ伺えて楽しかったです。ありがとうございました。」と言って電話を切れば、それで終わり……ではありません。録音したものを聞き直し、きちんとした文章に書かなければなりません。ですので、この注文品の完成までには、下調べと、通訳と、翻訳と同時に執筆……の、4工程があります。う〜〜ん、このサービスを、いくらで売ったらいいかしら……高い値段で買ってもらいたいなあ!

ほんとうに、ずいぶん大勢の有名な音楽家に電話をしたものです。ファンの方々が聞いたら、きっと羨ましいと思われるでしょう……でも、こちらは、そのたびに、胃が縮むような思いです。この注文はその分やりがいは大きくて、記事が誌面やウェブサイトに掲載されたときはとても嬉しい。近頃はネット上に「いいね!」のサインがすぐに出るので、多くの人に読んでいただけたと思うと、ああ、引き受けてよかった!と思うのです。

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高橋美佐先生インタビュー記事 

英語でインタビューを行った、ピアニスト「ラファウ・ブレハッチ」 インタビュー記事です。


[著者紹介] 高橋美佐(たかはし みさ)
フリーランス通訳、コーディネーター。
東京都出身。大学での専攻はフランス文学。
ヨーロッパと日本のビジネス、文化交流の橋渡し役として、すでに20年。
経験に基づきながら「心をつなぐために、ことばができること」を考えます。これまでも、これからも。 




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