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あまりにも雨がひどいので、逆に太陽の光が刺しまくるプール監視員時代について振り返りたくなった。

こんばんは。「腱引き」「つるた療法」の別府湯けむり道場、大平です。

今回は14年前に書いたエッセイを紹介します。

当時、わたしは20代。なつかしい......。

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一日目。

縁あって、プール監視員のバイトをすることになった。

サウナのように暑いプールサイ笠地蔵のように固まり、とても気持ちよさそうに遊ぶ子供達を恨めしげに眺めるのが主な仕事だが、これほど時間が経たない禁固刑のような労務もなかなか思い当たらないだろう。旗本退屈男にこの役目を代わってほしいくらいだ。

利用するのはほとんど子供である。こちらの言うことをなかなか聞いてくれず、「飛び込まないで!」と言っても「は~い」と飛び込みながら言われたり、あげくの果てに「おじちゃん」呼ばわり……これが一番こたえた。

ひとまず、おじちゃんと呼んでくる子を敵、お兄さんと呼んでくれる子を味方と認識し、敵に何か頼まれても「お兄さん」と呼ぶまで何もしてあげないことにした。実に大人げない。

こんな毎日がしばらく続くのかと思うといささかウンザリだが、それでも子供の無邪気(有邪気かもしれない)な笑顔を見ると、そんなウンザリはどこかへ消えてしまいそうで……微笑みは万病の薬なのかもしれない。

ともあれ、わたしは明日も子供をしっかり監視してきます。それが監視員の役目だから。

二日目。

別のプール場へと回された。勤務先は同じところだと聞いていたのだが。行った先はオンボロ(その割に管理室にはクーラーがあって快適な)で、規模はそこそこ大きい所だった。

幸いだったのは前回行ったところよりも日陰が多く涼しかったおかげで、ほとんど汗をかかなかったことか。

しかし、どこのプール場に行っても子供は子供だった。

何度注意しても飛び込む子、休憩時間に休憩しない子、人の事を魚ヤロウ呼ばわり(昼の弁当が魚だったのを見られたので)してくる子などさまざま、総じてクソガキの宝庫であった。

しかし、とある子から休憩中にもらったお菓子は大変に美味だったので、この子と親御さんは味方リストへ加えておこう。

とはいえ......暇なものは暇で、かといって寝転がったり本を読んだりするのは仕事中だから当然ダメである。退屈に耐えながらも、子供の一挙一動をくまなく監視していなくてはならない。自分がそうだったが、子供という生き物はそれだけ想定外のことをしでかすことに関してずば抜けているのだから。

それなのに、子供によってはこちらが監視と認識していることを視姦と勝手に判断しているらしく、物凄い睨みをきかせてくるのだからたまったものではない。自意識過剰にもほどがある。子供にリビドーを燃やすほどわたしは落ちぶれてはいないのだが……そんなことは向こうにはどうでもよいのだろう。やれやれ。

そんな灼熱地獄で子供(地獄だから文字通り「餓鬼」なのかもしれない)にいじめられている中で、二匹のトンボが重なり合って空を飛び回っている。仲がよいのは大変結構だが、そういうことは人目のつかないところでこっそりとやってくれないかなあ、御二方。

と、人ですらないものにも嫉妬しかねない。正気を失うほどの暑い日差しに、わたしは終業時間まで耐えたのであった。

何日か経って、最終日。

プール監視員をやったのは、ほんの一週間ほど。

特に思うのは子供の口はああまでに悪いものなのかという、なかば諦めにも似た感情である。まさか年端も行かなさすぎる女の子に突然「何だコラ!」などと言われる日が来ようとは思いもしなかった。

わたしはそれを聞いてしばし閉口し、「おい、何て口の悪さだ君は!」と言い返したら即座に「うるっせえんじゃ、コラ」と言い返される始末。「親の顔が見てみたい」というフレーズを初めて使いたくなった瞬間だった。

これを自分に言ってきた女の子はプール内での態度を見てもかなりのオテンバ娘であり、敵・味方でいえば間違い無く敵の部類である。しかも、この子はよほど他にやることがないのか(というかおとなしく泳いでいてほしい)、毎度プールへ来ては監視員のわたしに罵詈雑言を浴びせてくるのだから、非常にタチが悪い。なぜ、わたしだけに? この子が武術教室の生徒なら即座に怒鳴りつけるところなのだが、このときのわたしはしがない監視員なので、おとなしく笑ってすませたのであった。

一方でこっちが驚くほど上手に敬語が使えている子もいて、一体この差は何なのか? と考えさせられてしまう。単なる学年の違いとかではなさそうなのだが。やはり親なのだろうか。

それにしても、子供がパチャパチャと水遊びしている所をジッとみていると、こっちも一緒に泳ぎたくなる。プール監視員などというものは、目の前の極楽に飛び込みさえすればその快楽を味わうことができるにもかかわらず、それを許されないまま灼熱に身を投じ、利用者の安全を見守り続ける因果な職なのである。

帰りしな、同じく監視員をしていたおじさんとおばさんが、ふとした言葉の行き違いから怒鳴りあいの大ゲンカを繰り広げていた。その様子はプールサイドで騒ぐ子供よりうるさく、利用者の誰よりも子供じみていた。

...

のちに入ったお給料の一部でわたしはハンバーガーセットを買い、友人にもおごってあげた。ほおばったハンバーガーはできたてで熱く、あのジリジリと照りつけてくる太陽光と鉄板のようなプールサイドのことを思わずにはいられなかった。

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