ばれ☆おど!⑪
第11話 猫のしっぽ?
異常者――著しく常軌を逸した人間を指す。『きちがい』とほぼ同義であるが、こちらは『釣りきちがい』など、熱心な愛好者を指すことがあるのに対して、この語にはそのニュアンスはなく、純粋に嫌悪される状態の者を指す。
そいつは、まぎれもなく『異常者』だった。
――西氷清四郎(ニシゴオリセイシロウ)。二十一歳。K大学医学部三年。趣味はテニス・乗馬・筋トレ。実家は大病院で、その跡取り。愛車は派手な赤いボディーのフェ◯ーリ。兄が二人いたが、二人とも幼少期に謎の死を遂げている。
満里奈が見たものは、目を覆うばかりの残虐な映像の数々だったそうだ。
例えば、犬を生きたまま、バーナーで炙って苦しむ様を撮影した動画。いまでもその苦しむ犬の鳴き声が耳を離れないという。
他にもネコを生きたまま四肢をナタのようなもので切断する動画や内臓や脳を引きずり出してしまうものなど正視に堪えないものばかり。
そして、これらを動画サイトに投稿していたようなのだ。
他にも、グロテスクで血にまみれた静止画もかなりの数のファイルがあり、何年にもわたって集めたものだと思えたという。こちらも、専門の裏サイトへ投稿した形跡がみてとれたそうだ。
満里奈は恐ろしくなり、別れようと切り出したが、拒否された。だが、彼女はそれ以来彼とは会わないし、無視し続けているのだそうだ。
そのうち諦めるだろうと彼女は高を括っていたのだが――無言電話からはじまり、いろんなアドレスからの卑猥なメール。SNSにも嫌がらせの投稿。アカウントを変えてもすぐに見つけ出されてしまう。自宅の前で待ち構えているのはほぼ毎日――無視するにも限度がある。
「わかった! オレが君を守る」
満里奈の話を聞き終えたカン太は最後にそう言った。
彼女は安堵して、押し殺していた感情が溢れてきたのか、少し声を震わせていた。
「……うん。お願いね」
ふたりはコンビニを後にする。
ところが、コンビニを出てすぐに満里奈に異変が起こる。
みるみるうちに、彼女の顔が恐怖の色に染まっていく。
彼女の釘付けになった視線の先には――。
そう。あの赤いフェ◯ーリがとまっていたのだ。暗くてドライバーの顔がよく見えないが、彼女は西氷であると確信している。
カン太は満里奈に尋ねる。
「あいつなの?」
「うん……。あのナンバーは何回も見ているから」
「わかった」
そう言うとカン太は車に近づいていった。
「おい! お前いい加減にしろよ! 彼女は嫌がってるだろ!」
「…………」
「人の話きいてる?」
「…………」
車の中の西氷はじっと満里奈を見つめたまま、カン太を無視している。
そこで、カン太は埒があかないと見て、わざとウソをついた。
「じゃあ、いいこと教えてやるよ! 彼女には新しい彼氏がいる」
西氷は、その言葉に、大きく目を見開き、視線をカン太に向けた。
「……ウソだ。そんなはずはない。満里奈は俺を愛しているはずだ」
「じゃあ、彼女に聞いてみるんだな」
そういってカン太は満里奈に視線を送る。
満里奈は少しためらってから話し出す。
「……そうよ。いま、私、ここにいる吾川くんと付き合っているの!」
そう言うと満里奈はカン太に顔を寄せてきた。
目の前に彼女の顔がくる――。
唇に暖かくて柔らかい感触があった。
カン太は一瞬、頭の中が真っ白になる。
西氷の声がする。
「んだ。……なんだよ。コレ。なんなんだよ!!」
西氷は猛然と車を降りると、乱暴に満里奈の手を引っ張り無理やり車に乗せようとする。
カン太は叫ぶ。
「やめろ! 納得できないなら、オレと勝負しろ!」
「勝負だと? ヒャハハハ……いいだろう。俺が勝てば、お前は手を引くんだな?」
「約束する!」
「じゃあ、そこの公園で勝負といこうぜ!」
――公園につくと、勝負が始まった。
「ハハハハハハ……さあ、こいよ! 負ける気がしねぇ」
西氷は筋トレやスポーツで体を鍛えている。一方、カン太は運動嫌いの上、ゲームばかりやっていて、体力で敵うはずがない。
だが、ここは絶対に負けられない。彼女を守ると約束したのだ。
殴り合いの喧嘩が始まった――。
カン太はいきなり顔面に衝撃を受けた。
一瞬、クラっとして目の前が真っ暗になる。
足を払われてそのまま倒される。
起き上がろうとすると、次々にケリが入ってくる。
頭を腕でガードするのが精いっぱいで、防戦一方だ。
隙を見て攻撃しようとする。
だが、西氷は運動神経でも力でもカン太を上回っていた。
カン太の拳は全く西氷に届かない。
腹や顔面に容赦なく西氷のケリや拳が入る。
一方的な展開で三分もしないうちに、カン太は地面に伏した。
「どうだ? 降参か?」
そう言うと、西氷はカン太を引きずり起こしトドメをさそうとする。
その時のことだ。
カン太は朦朧とした意識の中で不思議な力が湧いてくる。
フルパワーで力強く立ち上がった。
予想していなかったカン太の動きによって、西氷の顎にカン太の頭がぶつかる。
ちょうど、頭突きをした格好だ。頭が激しく揺さぶられ、西氷は脳震盪を起こしたのか、その場に落ちた――。
「いててて……」
口や鼻から血が出て、ひどい顔になったていたが、カン太はこの勝負に辛くも勝ったようだ。
ふらふらと立ち上がると、麻里奈が駆け寄ってきた。
「私のために、ありがとう」
満里奈はそう言うと、カン太に抱きついた。カン太はよろけながら言う。
「約束しただろう。君を守るって……」
◇ ◇ ◇
それから、三日後のことだ。カン太宛てに一通の手紙が届く。
あやしいことに、その手紙には差出人の名がなかった。
なんだろう? と思いながら、手紙を開けると、ギョっとした。
中からカミソリの刃が出てきたのだ。
「誰だよ! こんなイタズラを――」
カン太は思う。
(わかったぞ! きっとあいつだ)
だが、そういう子供じみたイタズラで動じるようなカン太ではない。
ところが――
「キャー!!」
ベランダの方から、カン太の母である真帆の叫び声がした。
何事かとカン太が走りよると、彼女はベランダを指差している。
口を開けて声を出そうにも出ない様子だ。
とりあえず、ベランダを覗いてみる。
「ん? なんだ? これ……」
「……ね、ねえ、それ、ネコの尻尾よね?」
「きっとイタズラだよ。よくあるだろ? こういうリアルなイミテーション」
「ああ。それかぁ。ァハハ……」
カン太はおそるおそるそれを手に取る。その物体は切断部分から血が垂れている。
手にとった瞬間カン太はわかった。
「…………ほ、本物だぁ!!!」
カン太はそれをベランダから外に放り投げる。
「オーぉぉおぅ?! ……誰だぁー!!」
はるか下の方から、声がした。どうやら通行人に当たったらしい。
「す、すいません!」
「申し訳ありません!」
カン太と真帆はベランダ越しにできるだけ大きな声で、頭を下げて謝った。
「………………」
ちょっとカン太達の方を睨んでから、その通行人は黙って立ち去っていった。
カン太の心臓のドキドキは止まらない。額からは冷や汗が流れ落ちる。
カン太は思う。
(クソ! 絶対にあいつだ。やめさせないと!)
◇ ◇ ◇
翌日、学校で満里奈にカン太は事情を説明して、西氷の電話番号を聞くことにした。
「……というわけなんだ」
「ごめんなさい」
「いや、委員長が謝ることじゃない。悪いのはあいつ。それも証拠がない」
「でも……」
「とにかく、電話番号」
「あ、わかったわ」
そう言うと満里奈は自分の携帯から電話をかけた。だが、何度電話しても出ない。
「その番号、合ってるよね」
「もちろんよ。何度も使ってる番号よ」
「そうか……」
その時満里奈のアイフォンに着信が入った。
着信音は童謡の『おもちゃのマーチ』
委員長の意外すぎる着信音の設定に、一時なごむカン太ではあったが――。
(つづく)
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