はじめに
どうも、弁釣会®会長の弁理士のじゅんぬです。
知財系Advent Calendar参加にかこつけて弁釣会®の公式(?)noteを立ち上げてしまいました。noteの記事を作るのは初めてですが、いにしえのインターネット時代 (相互リンクとかアクセスカウンターとかが氾濫していた頃) に個人HPを作っていたり、釣りブログをやっていたりもしたので、ネット上に文章を垂れ流すこと自体に抵抗はありません。
弁釣会®というのは「弁理士釣行会」の略で、弁理士限定のインターネット上の社会人釣りサークルのようなものです。会員同士の交流や、知財関係者への釣りの布教を主な活動目的としています。
登録商標マークをこれ見よがしにアピールしていることからもわかるように、弁理士らしく「弁釣会」という標準文字で商標登録しています (商標登録第6622310号)。また、素敵なロゴマークもあり、そちらについても商標登録しています (商標登録第6634729号)。
弁釣会®は2020年に発足したのですが、去年あたりからようやく活動が活発になり 、今年は念願の釣りオフ会を開催することができました。しかも複数回!いったい3年間何をやっていたんだ。
特に、私の一押しであるワカサギ釣り (ドーム船) を布教できたのは今年の大きな成果だと勝手に考えています。
さて、本記事は無理矢理にでも知財の話に絡めなければなりませんので、「釣りと特許」ということでお話をさせていただきます。
そもそも釣りと特許に何の関係があるのか
釣りは道具を使って魚を釣る遊びであり、道具を使う以上、様々なメーカーによって、魚 (and/or人間) を釣るために工夫を凝らした製品が日々開発され、販売されています。
これを読んでいる方は釣具店に入った経験がおありでしょうか?釣具店の店内にはそれはもう多種多様な製品が所狭しと並んでおり、初心者であれば一体何を買えばいいのかわからず、ただただ圧倒され、呆然としてしまうであろうほどです。私が子供の頃は全てがキラキラと輝いて見え、まるで宝石箱のように感じられました。
パッと思いつく上位概念だけでも、釣り竿 (ロッド)、リール、釣り糸 (ライン)、ウキ、オモリ、鈎、エサ、ルアー、仕掛け、プライヤー、ハサミ、ネット、ウェア、靴、クーラーボックス等があり、それぞれについて中位概念、下位概念が無数に存在します。この文章ちょっと弁理士っぽいですね。
さて、釣りは遊びですので、流行り廃りというものが存在します。そのサイクルは、概ね以下のような流れで繰り返されます。
ある画期的な道具が登場する。
当該道具を使うとよく釣れると評判になる。
あらゆるメーカーがパクる。
一大ジャンルとなる。
魚たちが飽きて当初ほどは釣れなくなる。
以下1.から5.の繰り返し
↑を読んだ多くの知財関係者は、「なぜ『3. あらゆるメーカーがパクる』が頻発するのだろう?無法地帯だ!」と思われるかもしれません。しかし、実際にはそれほど無法地帯であるわけではありません (多分)。釣具の製造者は小さなメーカーや個人である場合も多く、大抵の場合、知的財産権が適切に取得されておらず、コンセプトを合法的にパクり放題な状況になっているのだと思われます。
実際、以前に株式会社イーパテント代表の野崎さんに調べていただいた結果、国内特許のほとんどはシマノやダイワ (グローブライド) 等のメジャーどころが占めていました。
我々消費者としては、同じコンセプトの製品の選択肢が増えるのでありがたい面もあるのですが、弁理士としては、ちょっと勿体ないなあと思わなくもありません。
特許権が功を奏した例
とはいえ、知的財産権が適切に活用されたケースも勿論あります。例えば、1938年にアメリカ合衆国オハイオ州のFred A. Arbogast (フレッド A. アーボガスト) 氏によって世に出された画期的なルアーであるジッターバグもその一つです。
ジッターバグはずんぐりとした丸っこい胴体の正面に左右に広がる大きなカップが付いたルアーであり、水面に浮かんだ状態から糸を引くと、ガポガポと音や泡を立てながら左右にもがくように動きます。その様が水面に落ちてもがく小動物や昆虫、はたまたカエルなどに見えるのか、ブラックバスなどの獰猛な肉食魚が突然水面を割って飛び出し、ルアーに喰らいついてくるのです。
と、文章で書かれても訳が分からないと思います。拾い物ですが、YouTubeにちょうどこのルアーの動きがわかりやすい動画があったのでシェアします。
このジッターバグ、実は失敗したルアーを上下ひっくり返したらなんかよくわからんけどいい感じになった、という瓢箪から駒的なものらしいです。スミス社のwebサイトにそのあたりのエピソードが紹介されていたので一部引用します。
さて、大ヒットしたこのルアーですが、フレッドの父親の勧めで特許出願がなされています。なお、父親は弁護士だったらしいですが、特許弁護士であったかどうかはわかりません。で、その特許がUS 2,207,425です。1938年12月17日に出願され、1940年7月9日に特許登録されています。
この特許権のおかげで他社は真似ができず、ジッターバグの爆発的ヒットを指をくわえて見ていることしかできなかったようです。まさに、釣具において特許権が功を奏した代表的な例といえるでしょう。
ジッターバグはその後も長きにわたり、現在に至っても愛され続けています。製造元が変遷したり、戦時中に金属が不足してカップがプラスチック製になったりと、時代により様々なバージョンが存在し、レアなものはコレクターによって高値で取引されています (なお、会長の私物はそのへんの釣具店で普通に買える現行品です)。
当然、遥か昔に特許権は満了していますので、現在では類似のルアーが無数に存在します。それでもなお、ジッターバグは未だに定番ルアーとして人気を維持しています。特許権が存続している間、消費者に継続的に認知され続けた結果として定番品となったという経緯もあるのではないかと思います。日本では、最近ではバスよりもナマズ用のルアーとして使われることが多いようです。
クレームを読んでみよう
さて、ここで「釣具業界でも特許権は役に立つね。めでたしめでたし」で話を終わらせてもよいのですが、せっかくなのでこのUS 2,207,425のクレーム (特許請求の範囲) を読んでみましょう。クレームは全部で7つあり、全てが独立項となっています。当時、従属項とかなかったんでしょうかね?
まずクレーム1です。
やっつけで翻訳すると以下のようになります。誤訳があったらすみません。
重要だと思われる箇所を太字にしました。クレーム1から機能的な規定が登場します!現在ではUSでは機能的クレームは避けられがちではありますが、当時はそうでもなかったのでしょうね。"an artificial bait"は人工ベイトと訳しましたが、要はルアーのことです。
で、クレーム1によると、ゴボゴボ音を発生させるのはカップの凸側とルアー本体前方部分との間の空間ということのようです (下の写真参照)。
てっきりカップの凹面でカポカポいっているのかと思っていたのですが、違ったんですかね?検証してみたいのですが、なかなか難しそうです。でも、クレーム1に持ってくるくらいなので相当自信があったのでしょう。この特許を読まなければ分からなかった点ですね。面白い!
続けてクレーム2です。
カップ (プレート) の形状、特に凹部と凸部の具体的な配置や、カップの取り付け位置について規定していますね。
じゃんじゃんいきましょう。クレーム3です。
カップ (プレート) の長軸という概念が出てきました。カップが横長であること、凹面である前面が斜めになっていること、などが規定されています。なお、"said member" (前記部材) とありますが、この前に"member"は登場しないので現在の基準では不明確になっています。典型的なantecedent basisの欠如ですね。クレーム1の"a concave-convex member"に引きずられているのだと思いますが。当時の審査はおおらかだったのでしょうか。書いてから気づいたのですが、クレーム2にも"the plate"が説明なしに出てきていました。
次はクレーム4です。
わかりにくいですが、カップ (プレート) の左右に飛び出ている部分と、ルアー本体との間がポケットとして作用し、その際に、ルアーの表面がポケットの壁の一部を形成しているということを言いたいようです。クレーム1参照。
クレーム5に行きましょう。
いやあ、実に様々な観点から権利化を図っていて面白いです。クレーム5ではカップの短軸に着目した規定がなされています。一つの発明 (ルアー) からこれだけ様々なクレームが出てくるのは現代の特許実務家としても見習いたい点ですね。
次はクレーム6です。
カップの長軸の極点を結ぶ仮想線と、短軸の極点を結ぶ仮想線との位置関係!あのルアーからよくこんなクレームが出てきますね。要するに、下の図で黄色矢印 (短軸の極点を結ぶ仮想線) よりも赤矢印 (長軸の極点を結ぶ仮想線) のほうが前方 (写真の手前側) にある、ということだと思います。カップの左右の端が少し前方に飛び出しているからですね。
最後にクレーム7です。
クレーム5に登場したカップの短軸について、別の観点から権利化されています。短軸の下端よりも前方に釣り糸の接続点 (ラインアイ) があるということで、斜めになっているカップの上側に釣り糸が結ばれることがわかります。
1つの特許だけでもこれだけ発見があり面白いことがわかりました。名作釣具の特許をひとつひとつ読んでいく、ということを新たな趣味としていくのもよいかもしれません。時を越えてクレームドラフティングの参考にもなりそうですね。
おわりに
「釣りと特許」というのもなかなか面白い観点ではなかったでしょうか。本当は現代のリールに使われている画期的な発明などについても書きたかったのですが、思いのほか長くなってしまったので今回はこのへんにしておきます。
せっかく弁釣会®公式noteを作ったので、たまには何か書いていきたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。