わたしのおかあさん
こんばんは。id_butterです。
先日、父の記事を書いた。
母はどう思っているのだろうか。
少し気になっていた。
先日、また実家に行く機会があったので続きを書く。
結論からいうと、母も父への片思いを拗らせているというさらにバカバカしい事態を知ることとなった。
どういうことか。
きっかけは父の浮気である。
それ以来、母は父を憎んでいる。
母だけが父の気持ちをわかっていないのだ。
浮気だって、定年した父が母に相手にされなかったさみしさからの逃避行為だったと家族の誰もが思っているのに。
けれど、今わたしが気になっているのはそこではない。
母の気持ちである。
母が本当に父を憎んでいるのなら、一緒に暮らすのは苦しくないだろうか。
「わたしも浮気してやる〜」
みたいな母ならよかったけれど、そうではない。
母いわく、「離婚をしたら損をするから」と言われ、思い止まったらしい。
離婚したら、今住んでいる家を出て、専業主婦である母は年金だけで生活することになり生活レベルをかなり落とすことになる。慰謝料だけで穴埋めはできない。
そう、相談した誰もが母に言ったそうだ。
弁護士さんや、姉、親戚、誰もが。
被害者であるはずの自分に誰も味方をしてくれない、と共感を得られなかった母は深く傷ついたようだった。
(正確には「味方」とかそういう問題じゃないけれど、浮気の二次災害だ。とわたしは思いながら聞いた。)
という説明を聞きながら、再度思う。
大事なのはそこではなく、母の気持ちなのだ。
もちろん、現実的な解を出すことは必要だっただろう。
けれど、その前に母の気持ちはどうだったのか。
「お父さんが、お母さんのために(母の実家の)田んぼを買い戻したいと言っていたよ。」
話を変えてみると、母は眉をひそめて言った。
「迷惑なのよね、もうわたしは(実家には)関わりたくないのに。なんでかな。」
…父がそう言う理由は明らかなのに。
「お母さんのためでしょ?」
怪訝な顔でわたしを見返してくる。
「だからさ、浮気の償いのつもりでしょ?」
母がさらに怪訝な表情になる。
「そんなわけないじゃない。なぜかあの人が執着しているのよ。昔ごはんが食べられない時代があったから、田んぼを持つってことに憧れてるんじゃない。」
母の思考はいつも妙だった。
思い込みの激しさから、論理を破綻させ、よくわからない結論に至る。
その結論はいつも誰かを、主に母本人を不幸にする。
今回もそうだった。
父への思い込みが強すぎて、何もかも母からは歪んで見えるのだ。
揉めている妻の実家からわざわざ買う必要がない。
赤字の米農家ばかりで跡継ぎもおらず、みんな持て余しているのだ。
買い戻したところで、我が家には農業経験者すらおらず、田舎に帰るのは年に一度もない。
父は、母の実家で先祖代々受け継がれてきた田んぼだから、母にプレゼントしたいのだ。
母が以前それを手放さないかもしれないと心を痛めていたから。
母は当時の自分がどれだけ周囲に半狂乱に見えていたかの自覚がない。
母には、父が自分を愛しているという発想がかけらもないようだった。
一時的に裏切ったとしても、愛が存在しないとは限らない。
そんな考え方は母にはない。
そう、母は極端なひとだった。
そうだったな、とふと思った。
妙な論理を振りかざす極端なひと。
「あぁ、わたしのおかあさんはこんなひとだった」
そう思ったら、懐かしくて涙が出た。
ずっと、忘れていた。
わたしは、こんな母が怖くて、いやで逃げたのだ。
子どものわたしが背を向けて出てきた世界が、今もそこにあった。
どこか狂っている、歪んだ世界。
懐かしくて愛おしくて忌まわしい。
今も、母はそこに閉じ込められている。
母は、今も小さな女の子のようだった。
迷ったけど、踏み込んでみることにした。
今まで、母を壊しそうでできなかった。
母はわたしと双子のように同じだった。
どんな時も、母の話すストーリーの主人公は、「弁護士」で「父」で「姉」だった。
「父がどう思うか」
「弁護士がどう言ったか」
「姉はこう思っている」
どこをどう切り取っても、母は自分を中心とする瞬間が一瞬たりともない。
母の中の小さな女の子は母の中の海底に沈んでおり、隠されている。
彼女に触れてはならない。
一番やわらかくて傷つきやすい気持ちを抱いて眠っており、母本人ですら、彼女の存在を知らない。
母には自分の気持ちが言えないというより、わからないのだった。
だから、わたしは、母の代わりに小さな女の子に話しかけた。
お父さんが浮気したのはお母さんのせいじゃないよ。
わたしが痴漢にあったのはお母さんのせいじゃないよ。
おじいちゃんがお母さんにだけ厳しかったのはお母さんのせいじゃないよ。
お兄ちゃんが高校を中退したのはお母さんのせいじゃないよ。
お姉ちゃんが離婚したのはお母さんのせいじゃないよ。
お母さんは、何も悪くないよ。
母は混乱しているようだった。
視線が宙をさまよっている。
母に届くだろうか。
このとき、わたしはなぜか必死だった。
内側からこみ上げてくる何かをこぼれ落ちないようにおさえて、今この瞬間をつかまえないといけない。
母ははじめて世界に触れたかのように呆然としていた。
母が泣かなかったから、代わりにわたしが泣いた。
母の目にはわたしが映っておらず、母は自分と対話しているようだった。
わたしの声だけが母の耳に届いている。
わたしは自分の体が空気に溶けていくような不思議な感覚を味わう。
そう呟く母は途方にくれたような顔をしている。
「田んぼがいらないなら、ダイヤモンドでも買ってもらえばいいじゃない」
と笑うわたしに、顔を強張らせて「いらないの」と意固地に言い張る。
「じゃあ、この家をもらって離婚すればいいよ。
そんなに嫌いなら離れればいいのに、そうできないのはお父さんにこだわっているからでしょ。」
と恐々口に出してみた。
ここであきらめてはだめだ。
間違えないように、慎重に言葉を選ぶ。
焦らない、ゆっくり。
意外にも母は抵抗せず、小さな声で「そうかもしれない」とつぶやいた。
浮気をされたときから笑えなくなったのだ、あのときまでは、あんなに楽しかったのに。
放心したように、母が続けた。
それは、初めて母から漏れた本音だった。
母はただ、うらやましかったのだ。
すれていない、純粋な小学生のような母がかわいそうだった。
母は、父を愛していたのだ。
父に向ける強い嫌悪感は愛情の裏返しだった。
やっぱり今がタイミングだったのかもしれない。
そう思いながら、祈るように続けた。
母を、壊しませんように。
この50年、父は母を経済的に養い、世間から守ってきた。
その重みを理解できないほどに母は甘やかされてきたのだ。
母の世界では、50年積み重ねた価値が一度の浮気で吹き飛ばされてしまう。
フェアじゃないな、わたしは、一瞬だけ父に同情した。
けれど、ドラマの配役上、わたしは一瞬だけ存在感を示す程度の脇役で、父はヒロインのお相手という大役がふられているのだからしょうがない。
とはいえ、母のフィルターを少しでも外したくて、一応説明した。
・昭和を生きた男性に女性のような愛情を求めるのは酷だということ。
・世間一般では、男性の愛情というものは金銭的価値で測られること。
→ ∴ 浮気相手への愛情が母への愛情より勝るという認識が必ずしも正しいとは限らないということ。
・器用に愛の言葉をすらすら言えたり、スマートに女性をエスコートできる昭和男性は、おそらく側にいた女性の細やかな教育の結果であるということ。
母は頷き、半分くらいは納得したようだった。
そして、話をもとに戻した。
今は母にフォーカスしたいのだ。
言いながら、わたしが泣いていた。
途中で母の顔がくしゃっとなったのが見えたからだ。
でも、母はやはり泣きもせず遠くを見ていた。
言葉が染み込んでいったのか、しばらく経って母が言った。
「さっき、なんて言った?どういう意味?」
もう一度繰り返した。
母はもう眠そうで、でも必死にわたしの話を食らいつこうとしているように見えた。
今日は限界だ、そう思ったので、「今日はもう寝よう」と声をかけた。
たぶんこれは続くことになる、そんな予感がした。
遺伝するのは、見た目や性格だけじゃない。
思い込みや習慣も遺伝するから、貧乏やら虐待やらの不幸も伝染する。
お金持ちの子どもは、親の習慣や考え方を踏襲するからお金持ちになりやすいのであって、財産を相続できるからお金持ちなのではないのだ。
わたしは、母にこれを伝えるために母の子どもとして生まれてきたのかもしれない。
宇宙人がわたしのために生まれてきたのかも、そう思った時と同じように。
20年前くらいから、実はずっと思っていた。
父や母の家から延々と続くこの不幸を断ち切るのは自分の役目なのかもしれない。
でも、いやだった。
それなのに結局こうやってここにいる。
ちょうど一年前くらいに書いた母の記事。
今読むと、すごくピリピリしている。
思えば遠くへ来たものだ。
ただ、恋に落ちただけなのに。
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