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ウイングスパンとゴールデンギーク賞

※画像はbggから借用しました(https://boardgamegeek.com/boardgame/266192/wingspan)。

【この文章の意義】
・ウイングスパンがゴールデンギーク賞の大賞を受賞し,そのほかに6部門を受賞するなどの快挙を達成したが,ボードゲーマーからの反応は芳しくない。

・ウイングスパンの作者であるElizabeth Hargraveは,大賞を含めて7部門を受賞した理由について述べた一連のツイートをした。

・上記ツイートはゴールデンギーク賞の問題点を述べているとともに,現在のボードゲーム界隈の流れを示すのではないかと考えた。

・そこで,不完全ながらも作者のツイートを訳したのがこの文章である。なお,訳出できなかった部分があるので正直に明記している。誤訳とともに,訳出できなかった部分についてもご指摘いただけると幸いである。

【文章の骨子】

【はじめに】
ゴールデンギーク賞2019が発表された(注1)。
ウイングスパンは,大賞を含めて7部門を受賞した点に目が引く。「ウイングスパンは過去最多の他部門受賞だけでなく,ファミリーゲーム部門を制した作品が大賞になったのが特徴だ」とのことである(注2)。

ウイングスパンの7部門受賞には疑問の声を上げるボードゲーマーも多い。Twitter上でも肯定的な意見は少なかったように観測してる(そして,作者のツイートにもあるとおり,どうやら日本だけでなく海外でも肯定的な意見は少なかったようである。)。

このような中,ウイングスパンの作者であるElizabeth Hargraveは,ゴールデンギーク賞の最多部門受賞したことについて一連のツイートをしたので,これらを翻訳したいと考えた。訳出できなかった部分や誤訳があると思われるので指摘していただければ幸いです。

なお,最後に,筆者の雑感めいたものも記載した。ツイートを翻訳していた中で考えたことであるので,明確な根拠といったものはないので,ご理解いただければ幸いである。

※は訳注を示す。( )内の英単語・英文は,①原文表記のほうが望ましい,②全体的に意訳だが強く意訳している,③訳出に自信がない部分に付している。

【1】

 「直接の人気投票による賞はもう崩壊している。」なんて発言を見かけると,その発言に応答しないよう我慢しているのには疲れ果てました。一度だけ,言いたいことを思い切って言おうかと思います。
 まず,ウイングスパンは,(※直接の人気投票による賞に限らず)審査員による賞も最多受賞しているのはご存知ですね。
 問題の本質は,人気投票にあるのではなく,カテゴリーが明確に定義されていない点にあります。

【2】

 「ストラテジー」(strategy)ゲームとは何かについて合意はありません。「大衆市場(mass market)向きではない」とか「キャンディランド(Candyland)よりも思慮深い決定(meaningful decision)を必要とする」といった意味で用いている人もいますし,「ウエイト(※BGGのゲームの重さの指標。以下同じ。)が3を超えるゲーム」という意味で用いている人もいます。

【3】

 「ファミリー」ゲームについても同じことがいえます。「ファミリー」ゲームが何を意味しているかについて了解はありません。家族と遊ぶことが「できる」ゲームのことでしょうか。加えて,子供にとって適切だったり,子供の興味を引くようなテーマがあることでしょうか。それとも,軽すぎて子供「としか」遊べないゲームのことでしょうか(人によっても異なりますが。)。

【4】

 カードゲームであることにはどういう意味があるでしょうか,また,なぜ気にする必要があるのでしょうか。「ミディアム」(Medium)や「ジャストワン」(Just One)はカードゲームでしょうか。ウイングスパンはどうですか。タッジーマッジー(Tussie Mussie)やポイントサラダ(Point Salad)をカードゲームとしてみなしたり,もしくは軽ゲーだとか,プレイ時間が短いだとか,安価だとか,小さいだとかなどの特徴を見出すことにどれほどの意味があるでしょうか。

【5】

 「革新的」(innovative)とはどういう意味でしょうか。新しいメカニクスである必要がありますか。それはテーマについて求められているのでしょうか。現在の主流を覆す(busting the hegemony)ようなものをいうのでしょうか。この点は,不特定多数(crowdsourcing)の意見よりも「専門家」の意見のほうが役に立つとは思うのですが,専門家が同意してくれるかまではわかりません。

【6】

 そして,多くの語り口(narrative)や出力のランダム性(output randomness)を備えたゲームに用いられる「テマティック」という新しい用語は,あまりにも不明瞭と感じるのでひどく嫌っています。ウイングスパンは「テーマ性」(its THEME)が際立ていたのは間違いないので,ウイングスパンのファンの人々が(※テマティックという単語を)「誤用」(misused)していなかったのが意外でした。
※このツイートはなかなか文意が取りにくいと感じた。①筆者のゲームシステムの知識が足りないことから,output randomnessという単語の訳出が難しかった(jun1sさん小野さんから貴重なアドバイスをいただいたので重ねて感謝いたします。),②narrativeがボードゲーム界隈でどのような文脈で使われているかまでくみ取ることができなかった,③最後の一文の本意が取りにくかった点を考慮していただければと思う。

【7】

 私がBGGの女王だったとしたら,ゲームがどのカテゴリーに属するのが適切かの選別に審査員(jury)が苦労しないように,有意義で,自動され,相互に排他的なカテゴリーを創設する方法を探すでしょう。

【8】

 例えば,多くの人々は「ファミリー」ゲームや「ストラテジー」ゲームをウエイトにより判断しているでしょう。すべてのゲームにはウエイトがありますよね!そうすると,軽ゲー(Light games)は1.5未満,中量級ゲーム(Mid-weight games)は1.5~3,重ゲー(Heavy games)は3を超えるといったように分けるのはどうでしょう。
 (記憶が正しければ,この区別はThe American Tabletop Awardsでもされていたようです。)
 ほかによい分類は思いつきますかね。

【9】

 しかし,私は女王ではありません。ゴールデンギーク賞のようなものを実行するのは大変な作業であり,Twitterでこれらのことに不満を述べるのは簡単な作業であると理解しています。
 最後に、人々がウイングスパンをどんな不完全なカテゴリーで表現しようとしても、私はすべてのウイングスパンに向けられた愛に感謝しています。(※in whatever……については筆者の力不足により訳出していなかったが、はぬさんからご教示いただいた。感謝します。)

【雑感】

 さて,ウイングスパンの作者のツイートをはなはだ不完全ながらも翻訳してみたが,この作業を経て少しだけ筆者が思ったことを述べておきたい。

①賞のカテゴリー分けが十分に機能していなかったという作者の指摘は概ね正しいと思われる。カテゴリー分けの曖昧さがウイングスパンを最多部門受賞に導いた大きな理由であることは想像に難くない。ただ,本当にそれだけか。

②視点を移して作品側に原因がないかについてみる。ウイングスパンは,「ストラテジー」ゲームであるし,「ファミリー」ゲームであるし,カードゲームでもある。これらの要素を否定するのは困難であろう。昨今のゲームは多様な要素とメカニクスを含んでいるのが当然のことになっている。ウイングスパンが人気を博したのは,既存のメカニクスの組合せや要素の配分率が,現在の市場が求めていた需要に絶妙にマッチしたからと考えられる。これに加えて,アートワークの美麗さやオールユニークの鳥カードへのこだわりといった部分も人気が出た一因である。これらにより,ウイングスパンを手に取る人が増えて,数多くの人気と高評価を得た。

③メカニクスの組合せや要素の配分率が絶妙だったという評価が正しいとすると,裏を返せば,ウイングスパンには固有の特徴がほとんどないことを示している。「ストラテジー」ゲームとしては,そこまで濃密な思考が求められているわけではない。かといって,「ファミリー」ゲームとしては,対象年齢が極端に低いわけではない。その上,純粋なカードゲームでもない。ウイングスパン自体がカテゴリー自体に当てはまらない曖昧さがある。この曖昧さも最多部門受賞に至った少なくない要因であろうと考える。

④熱心なボードゲーマーほど,ウイングスパンの最多部門受賞に対して否定的な評価又は不満げな評価をしているように見受けられる。彼らは,ウイングスパン自体の曖昧さを「中途半端」ととらえるため,「ストラテジーゲームでもない,革新性もない,新規メカニクスもないゲームが最多部門受賞なのか。」,「大した作品でもないのに……。」などと評する人が多くなる。ただ,ボードゲーム市場が大きくなったこともあり,もはや熱心なボードゲーマーの数は,そうではないボードゲーマーの数よりも少なくなったと推測される。賞の結果とボードゲーマーの声が異なっているように見えてしまうのは,熱心なボードゲーマーの声は大きいが,ボードゲーマー全体の母数に比して実は少ないということを示していると思われる。
 この仮説が正しければ,市場が求めているゲームというのは,まさにウイングスパンのようなゲームであることを示している。

⑤付言すると,そもそも,ワーカープレイスメントの発明以後,新規性のあるメカニクスは久しく登場していない。つまるところ,これから出版される道のボードゲームは既存のメカニクスや形式の組合せだったり,要素の配分率の違いでしかなくなるかもしれない。もしくは,キックスターターを初めとするコンポーネントの豪華さやアートワークの美麗さで差異を出すのかもしれない。このような流れが明確になったのがウイングスパンの最多部門受賞という結果なのではないか。
 さらに蛇足をすると,熱心なボードゲーマーは,メカニクスの組合せや要素の配分率が優れていることについてあまり重視しなかったり,ネガティブな反応を示すが,コンポーネントの豪華さやアートワークの美麗さが極めて優れているゲームについてはポジティブな反応を示し,特段の抵抗なく受け入れているように見受けられる(キックスターターのゲームにおいて,あまりゲーム性が語られているようには見えない。)。筆者にとってみると,この現象はやや不可解である。

⑥最後に,作者の上記各ツイートのリプライ欄をみるといろいろと興味深い。そして,もう少し踏み込んだ作者の反応が見られる。個人的には,そこを理由にたたかれていたの?と思うような発言もある。

 クリエイターでもない,ボドゲ業界にもかかわってない,あくまで一介のボードゲーマーとしてささやかな文章を書いてみました。職業柄,文章を書く大変さを重々承知しているのですが,それにしてもボードゲーム関係の文章を作成するのは気力が必要で,大変な作業であると感じました(皆さま,すごいっす。)。皆様には一層の尊敬の念を抱きました。

注1:https://boardgamegeek.com/awardset/61423/2019-golden-geek-awards

注2:https://www.tgiw.info/2020/05/goldengeekaward2019.html

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