サンドイッチと思春期

 歯をミシミシ言わせて食い千切ぎらなくてはならないタイプのパンが好きだ。表面のカリッとしているところが上顎に刺さるくらいの攻撃力であってほしい。そういうパンでサンドイッチを作るのが好き。といってもサブウェイの「野菜たっぷり健康だぜ」みたいなものを作るわけではない。大体作るのはヤマシタトモコ著『違国日記』で出てきた不良の弁当みたいな、好きなものしか挟まないサンドイッチだ。

 元々サンドイッチにはちょっと苦手意識があった。なんでかというと、レタスとトマトがそんなに得意ではないから。惣菜タイプのサンドイッチというのは大概レタスかトマトが入っている。あとはマヨネーズもあまり好きではなかったから、世で普通に売られているサンドイッチというのはまあまあの地雷率で、好ましく思っていたのはフルーツサンドとカツサンドくらいだった。

 そんなサンドイッチへの認識にパラダイムシフトが発生したのはスペインに初めて行った時である。スペインのサンドイッチはフランスパンがメインのボカディージョと呼ばれるもので、硬いため豪快にかぶりついて食い千切る感じでバリバリ食べる。ビックリしたのはホームステイ先で旅行中の昼食にと持たせてもらったボカディージョを食べたら中身が生ハムだけだったことだ。

 野菜の一欠片もなく、マーガリンすら塗ってない。パンと肉しかそこに存在していない。インスタントの袋麺を食べるときは必ず野菜炒めを乗っける家庭で育てられた人間の私は、エッそんな、サンドイッチってもっと野菜とか入ってなきゃいけないんじゃないの?!??肉だけって許されるんですか!???と全力でビビり倒した。いや、BLTサンドからLTを抜いたBだけのサンドを作ってほしいと長年こっそり思ってはいたが、実際にやられると実にイケないことをしている気分になる。だからこそ魅力的ではある。親が見てないところで、こんな…肉だけのサンドイッチなんて…バレたら絶対怒られちゃう…でも…。サンドイッチに対して初心すぎたのか思春期を全開にしてしまったが、この頃にはもう自炊のメニューが米!肉!終了!の時期に差し掛かっていた。大学生の食生活なんてそんなものである。

 それはさておき、このフランスパンと生ハムだけのボカディージョ。字面だけでお分かりいただけると思うのだが、おそろしくうまい。豚肉の味が凝縮されたハモン・セラーノが、これでもかと香ばしいフランスパンに挟まっているのである。塩辛とどんぶりめしみたいなもので、生ハムがしょっぱいからパンが進む進む。脂身がまたいい感じに甘いしパサつきを中和してくれる。まずいはずがない。亜種でサラミを入れただけのボカディージョもあるが、これもまたおいしい。肉とパンだけのサンドイッチ…最高!毎日食べたい!

 という体験を経た後、卵焼きだけのボカディージョを食べてまたビックリした。大阪あたりでは出汁巻きサンドというのはそれなりにメジャーらしいが、私は関東圏の人間である。今日の中身はなんだろな~とバリムシャしたら塩味の卵焼きだけが入ってて、こういうのも”アリ”か…と思わず宇宙猫の顔になり、真理を悟った。パンには何を挟んでもいい、サンドイッチは自由なのだ…。

 今もたまにボカディージョが食べたくなってフランスパンを買ってくる。ホームステイ先で教えてもらった、玉ねぎじゃがいものスタンダードなスパニッシュオムレツを焼きたて半熟の状態で挟んでモリモリ食べるのが今のところ一番好きだ。もちろん生ハムを買ってきて挟むこともある。お手軽にスペインを感じることができるけど、肉だけというのは未だに背徳的でドキドキしてしまって、意気地のない私はせめてもとカイワレを挟んでしまう。長すぎないか、思春期。

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