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仕事が好きだと叫びたい

趣味を聞かれたら「仕事です」と答えてしまいそうになる程度には仕事が好きだ。いつだったか、「仕事の話をしてるときが一番楽しそう」と夫に言われたこともある。

と言っても、「出世したいのか」「たくさんお金を稼ぎたいのか」と聞かれると、またニュアンスが違う。仕事は、「“あの人と一緒に生きたい”を叶えるための最も有効な手段」だと思っている。

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あの人の価値観は素敵だなあとか、あの人が目指す世界についていきたいなあとか、そんな風に思わせる人たちが、世界にはたくさんいる。これは許せないとか、ここがもっと変わればいいのにとか、そういう社会の不都合や生きづらさをこの人と一緒に変えていきたい、と思わせる人もいる。

追いつきたい、肩を並べたい、一緒に何かをやってみたい。だけど待ってるだけじゃ何も起こせない。何かを得るためには何か差し出せるものがなくちゃいけないのだ。


もし私が石原さとみみたいな美人だったら、人の輪の中で笑っているだけで、何かを差し出していることになるのかもしれない。

何気ない話題で爆笑を誘える話術。人の心を揺さぶる歌声。見る人が感心するアートのセンス。人生経験に裏打ちされた重みのあるアドバイス。自然の摂理を知り尽くした生活の知恵。

そういうものを差し出せたら、それは誰かの人生の糧になり得る。だけど私には何もない。でもそれを惨めだとは、全然思わない。(誰かをいいなあ羨ましいなあと思うことは、たくさんあるけども)

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何もないから、目の前の仕事をがんばる。実力をつけたら、誰かに差し出せるものの総量は多くなる。差し出せるものが増えれば、仕事は選べる。仕事を選べたら、一緒に働く人も、働き方も選べる。そしたら生きる場所も、一緒に生きていく人も選べる。
※相手にも選ぶ権利があるという話は、一旦無視することにする。未来予想には少しくらいファンタジーを混ぜてもいいと思う。


「宝くじで3億円当たったら仕事をやめるか」という質問に、私は絶対「やめない」と答える。(けど、いざその場になったら、やめちゃうのかな。へへ)

3億円を使って世界中で豪遊しても、私は誰にも何も与えないからだ。それは、どこにも行けないし誰にも追いつけないということでもある。

こういう人間が、年を取ってから“何もない”人になってしまうんだろうか。今はまだわからない。でも今の私にとって、仕事は一番の起爆剤で、前に進むために必要不可欠なエンジンなのだ。

もはやどこまでが仕事で、どこまでが仕事じゃないのか、よくわからない。お金をもらったら仕事なのかな、周りに“仕事”と認識されてても本人は仕事という自覚がないこともあるけど、まあその境界はなんでもいい。


居酒屋の雑談じゃ救えない何かも、企画書とプレゼンでなら救えるかもしれない。街頭で声を張り上げても得られない賛同も、予算をもって説得すれば得られるかもしれない。ブログに綴る戯言も、お金をもらって体裁を整えてきちんとした媒体に載せたら、もっとたくさんの人に届くのかもしれない。

泣きたくなることも理不尽なこともたくさんある。でも、仕事には夢があるから、楽しい。一緒に働く人にも「あの人との仕事は楽しい」と思ってもらえるように、最大限の努力をしたい。なんなら、仕事の枠を超えて友達になりたい。そしたら一緒に、もっと遠くに行けると思う。


こんなに意識高いことを書くつもりじゃなかった。けどなんだか勢いで書いてしまった。明日もがんばるぞ。おやすみなさい。

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あしたもいい日になりますように!

いえーい!\(^o^)/
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いつも迷子です。

コメント1件

大変共感いたしました!
僕もよく友人に「宝くじ当たっても働く」と言います。
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