終わりをもたらす者たち #1
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終わりをもたらす者たち #1

  目次

 恐怖は、常に空からやってくる。
 極めて単純な精神構造を持つオークという種族にとり、本来恐怖は縁遠い感情である。
 一定の秩序だった構造を破壊することに無上の喜びを覚える彼らは、自身の肉体の損壊ですら愉快な出来事として受け止めうる。
 何であれ、ブッ壊れて動かなくなるのはサイコ―だ。
 それを踏んで踏んで踏みにじり、周りの地面と区別がつかなくさせたとき、オークは生の実感を得るのである。
 自分たちこそがサイキョ―であり、この世の形あるすべては自分たちにブチ壊されるために存在している。
 彼らは心からそう信じていた。
 ――だが。
 重く、湿った風が上から吹き付けてくるとき、オークたちは例外なく武器を捨て、許しを請うようにその場へ跪く。
 普段は凶暴にギラつく赤眼は伏せられ、やかましく吠えたてる巨大な口はぴたりと閉じあわされている。その場には、三百体を超えるオークの軍団がひしめき合っていたが、威嚇し合う吠え声も、些細なきっかけで発生する殺し合いじみた喧嘩も、ぴたりと収まっていた。
 異様な静寂の中、風は断続的に吹き付け――やがて空より舞い降りる魔獣の姿が現れた。
 オークの十倍はあろうかという雄大な体躯が、空を覆い尽くさんばかりの巨大な翼によって滞空している。
 全身を覆う黒き鱗は、ひとつひとつが何か禍々しい拷問器具のごとくねじくれ尖り、大樹の梢を透かして降り注ぐ陽光を反射していた。
 その眼は、オークと同じく血の色をし、無慈悲な渇望を湛えている。
 混沌飛竜(ケイオスワイバーン)。
 〈化外の地〉に生息する剣呑な魔獣の一種であった。ひとたび暴れ出せば、単独でオークの一部族を壊滅させかねない、翼もつ厄災。
 かつて、すべての神統器(レガリア)の権能を無力化し、〈暁闇の時代〉をもたらした〈螺旋律の魔竜〉。かの魔王が創り上げた魔導生体兵器の末裔であり、現在でも山脈を越えて人族の領域に飛来し、惨劇をもたらすことがある。
 だが――オークたちにとって、混沌飛竜は恐怖の対象ではない。でかいイクサが楽しめる歯ごたえのある獲物――そんな程度の認識だ。
 お互いに殺し殺される愉快な生存競争(ケンカ)相手。混沌飛竜との殺し合いは、オークたちにとって祭りと同義だ。我も我もと複数の部族が押し寄せ、徹底的になぶり殺し、その肉を喰らう。当然のように多数の犠牲者が出るが、彼らは一向に気にしない。雑魚い足手まといを間引けて良かったとしか思わない。
 ゆえに、現在オークたちを支配している恐怖の感情は、混沌飛竜の背にまたがる者に対して向けられている。
 ……またがっているのだ。
 数十体のオークが押し寄せてようやく狩れる存在を、ただひとりで屈服させ、支配しているのだ。
 これがもし、ダークエルフやビーストマンのような他の種族であれば、いかに強大な存在であろうとオークたちが膝を屈することなどあり得ない。
 だが、その者は年季の入った暗緑色の肌を持ち、黄ばんだ巨大な牙をそそり立たせていた。
 凶悪な紅玉の瞳は混沌飛竜など比較にならぬ底なしの殺意と破壊欲を横溢させ、心の弱い者は見られただけで気死しかねない。
 その巨躯は黒い重厚な甲冑で覆われている。そこかしこから棘や鉤の生えた邪悪な造形であり、触れ合っただけでも致命的な傷を負うことになるであろう。

終わりをもたらす者たち3

 背中に禍々しい意匠の大戦鎌(ウォーサイズ)を担ぎ、何らかの巨大生物の骨から削り出されたと思しき柄に肘を絡めている。
 刃は二つそなわっており、それぞれが長大なる柄の両端より正反対の方向へと伸びている。赤黒い奇妙な材質で、脈打つように明滅する陰惨な光を宿らせていた。
 柄の中央部からは黒い鎖が伸びている。それが混沌飛竜の頸に巻きつき、たずな代わりとなっているようだった。鎖を構成する環のひとつひとつに、血のような紅玉が埋め込まれていた。
 巨大なる魔獣はゆったりと降下し、地響きとともに着地する。
 直後に、騎乗していた者も地面に降り立つ。単純な質量は飛竜のほうが遥かに大きいはずなのだが、どういうわけか彼が地面を踏みしめる音の方が重々しく、畏れをかきたてた。
 存在の格が違うのだ。
 その者が手首を手繰ると、飛竜の頸に巻きついていた鎖が生き物のようにのたうち、恐ろしく太い右腕に巻きついた。明らかに超自然的な作用が働く動きである。

〈テメェら、なに手こずってやがる〉

 煮え立つ溶岩が地の底を流れるような声で、その者は言った。単語がブツ切りで、濁音が多いオークの言語である。
 多数のオークたちは恐懼に打たれ、地面に額を擦りつけた。
 その沈黙に苛立ったのか、苔に覆われた地面を踏み砕くと同時に大喝。

〈骨みてえなヒョロヒョロのしょべえ奴らをいつまで調子こかせてんだって聞いてんだよッ!!〉

 爆発的な声量に、大気が震撼し、枝葉が揺れ、小鳥が逃げ散ってゆく。

〈で、でもよ大将、あいつら木の上に引き籠りやがって、まともに戦おうとしねえんで〉

 オークの一人が顔を上げ、言い募る。
 否、言葉も終わらぬうちに、脈打つ光を湛えた大戦鎌が毒蛇のごとく飛来し、抗弁したオークの肩口に深々と突き刺さった。
 黒鎧のオークが握った鎖をしゃくると、まるでバネ仕掛けのように大鎌が手元に戻ってくる。
 もちろん、オークも一緒にである。
 釣り上げた手下の頭を、大将オークはその巨大な掌で鷲掴みにした。

〈誰が口答えしろっつった? あ? 誰がヒョロヒョロのカスどもに勝てない言い訳しろっつった? あ?〉

 片手の握力だけで、オークの全体重を宙に浮かせている。
 囚われたオークはもがくが、まるで外れる気配がない。
 やがて、ミシミシと骨の軋む音がしたかと思えた瞬間、オークの頭部は果物か何かのように握り潰された。指の間から、鮮血と骨片とわずかな脳髄が四散する。
 オークの基準ですら、その握力は異常の一言だった。

〈次からオレの前で「でも」とか「だって」とか雑魚くせえことをほざいたカスは殺す。テメェらわかったかッ!!〉

 全軍が一斉に、「諾」を意味する唸り声を上げた。

〈俺たちは何だッ!!〉
〈ブチ殺す戦士だッ!!〉
〈なんでここにいるッ!!〉
〈ブチ殺すためだッ!!〉
〈声がちいせえんだよカスがッ!!〉
〈ブぅチ殺ぉすためだァァッッ!!!!〉

 三百体は下らぬオークたちが、顔を上げて唱和する。

【続く】

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