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クトディガリヌの告解

 終末の秋のごとき黄昏が、ウヴァ・ラキアの外殻に赤銅の鈍光を投げかけていた。荒野に鎮座するその巨大な黒き半球は、しかしいささかも斜陽を照り返しはしない。すべてを呑み込む孔のごとく。
 死を告げる禽鳥の群れが枯れた呻きを垂れ流し、見上げる人々は今日もまた世界の絶望を感じ取る。ドログ・ラキアの闇底より切り出された暗黒の呪い岩が形作る都市外壁は、中からの光を通さずして外の光景を住民達に映し出す。《飢えし大蛆》が堕胎せし眷属の群れが夜ごとに押し寄せて肥大した口腔を擦り付けてゆく故に、防壁は粘液にまみれた球状の喰い跡が無数に穿たれていた。
 されど、彼らが這い寄ってくる時刻はもう少し後。痩せ衰えた土壌から最後の活力を搾り取る作業を終えた農夫達は、ことさら急ぐことはなく、急ぐ気力もなく、疲労に歪んだ骨格の浮き出る体躯を丸めて街の門をくぐってゆく。
 ウヴァ・ラキアの内部には、粘土と植牙蟲の糞尿をこねて焼き固めた煉瓦による集合住宅が極めて密に林立し、それぞれの間に無数の橋が渡されていた。奇怪な臭気が全体に淀んでいる。都市を半球状に覆い尽くして住民達に安全をもたらした黒き外壁は、しかしそれゆえに内部の環境を劣悪なものとした。通気や衛生という観念は失われて久しい。外球殻の天井にまで届く住居塔は、常に崩壊の危険を孕んでいる。限られた空間に大人数を押し込めるための苦肉の策であった。
 そこは魔窟。孤独の神《七つ眼の老いたる蠍オオンァト》は君臨せり。
 壁を透過して夕陽が降り注ぎ、澱のごとき都市の陰を際立たせている。おのおのの家路をゆく人々は、不意に、病める竜の呻きにも似た軋みを耳にする。力感なき雑踏の中で、何人かはその音に反応し、振り返った。都市の出入り口を覆う大黒門が閉ざされようとしている。かの両脇には見慣れぬ灰装束の男が二人、門の開閉を司る歯車に繋がった木製の桿を握りしめて動かしていた。
 今宵は、やけに閉門が早い。

【続く】

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