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ひなたのアガペー

「こんなこと言ったらちょっとヒかれちゃうかもだし、自分でもあんまり共感はしてもらえないだろうなってことはわかってるんだけど、でもやっぱり無理。キミには聞いてほしいの。最後だから」
「なんですか? 先輩」
 こつん、と額同士が触れ合った。
「あなたが好き」
「死ぬと決めてから言うなんて、ひどい人だ」
「うん……でもね、わたしがその、こういうことになったのは、あなたが好きだからってだけじゃないの」
 先輩は手を伸ばし、僕の頬を包み込んだ。
「わたし、歯に衣着せずに言うと、どうやらみんな好きみたい。みんなっていうのは、キミとか、家族とか、友達とか、知り合いとかだけじゃなくて、ちょっとすれ違っただけの人とか、テレビに映ってるのをちらっと見ただけの人とか、そういう関わりすらない、ぜんぜん知らない人さえも、わたしはだいぶ好きみたい」
 途方もないことを言い始める。
「……ヒいた?」
「ちょっと。でも、それが先輩なのなら、話してくれて嬉しいです」
「ありがと。なんかね、ふわっとしてるんだけど、いろんな人が生きて、息をして、話をして、友達になったり、憎み合ったり、それぞれの自分を大事にしながら、精いっぱい生きてる。そういうの自体が、なんだかちょっと恥ずかしくなるくらい、わたしのなかで力になってる」
 それだけで、胸がいっぱいになるのだ、と。
 人が人に向ける愛ではなかったのだろう。そんな人だからこそ、あの力は宿ったのだろう。もう、素直に現実を受け止めることができた。
「泣き言は、言いません。ただ、敬意と感謝を」
「ありがとう。大好きだったよ」

 干乾びた膚に開いた無数の口が、一斉に粘液と絶叫を発した。どうして、どうして、と。その聲を聴いただけで、逃げ惑う人々は全身から血を噴き、臓物を嘔吐して痙攣しながら死んだ。
 山と見まがう巨体は、腐臭と硫黄臭を撒き散らしながら触手を振り下ろし、摩天楼と群衆を叩き潰す。

 彼女は今、人類を憎み切っている。

【続く】

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