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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #34

  目次

 脳みそが綿の塊になって膨張しているような感覚が、アーカロトを襲った。舌と食道が、いまだに焼けるように熱い。
「……で? ババァからアンタの話は聞いてるが、どこまでが与太で、どこからがフカシなんだ?」
「ぜんぶほんとう」
「オイオイ、少しは腹を割ってくれねえと話が進まねえだろうが。アンタが実は七千歳で?」
「すごいほんとう」
「絶罪殺機とかいうバケモノのパイロットだぁ?」
「やばいほんとう」
「オラッ、呑め! 何隠してやがんだおめーはよ!」
「ごぶごぶ」
《繰り手の血中アルコール濃度が上昇。意識の酩酊を確認。警告:任務遂行能力が無視しえぬほど低下する恐れあり。可及的速やかに〈接続棺〉へ帰還し、アセトアルデヒドの強制分解措置を受けられたし》
「で? おめーの目的はなんなんだよ? どうやってババアを丸め込みやがった?」
「……すべては、ヴァ―ライドの犯した過ちから始まったことだ……」
「あ? ヴァ―ライド? なに?」
「ゼグ……人は、死んだらどうなると思う?」
「はぁ? 臓器抜かれて、売られて、残りはクッソまずいソイレントグリーンに加工されてしまいだろ」
「肉体はそうかもしれないが、魂は?」
「たましい? おい、さっきからおめーが何言ってんのかわかんねえぞ」
「僕たちそのもののことだ。肉体を動かしている意志、と考えていい」
「意志? んなもん死んだら消えるだけだろ。単なる脳みそに走る電流のパターンなんだからよ」
「うん……僕も、正直そう考えている。唯物論で説明できない領域は確かにあるのかもしれないけど、それは単に技術と知見の不足からくるものでしかないはずだ。だけど、一人の男が、そんなありさまに悲憤を抱いた」
「あー? うん、まぁ、とりあえず続けろや」
「そのころ人類は楽園チキュウで生きていたけれど、色々と限界でね。タービンを回すネタが本当にもう枯渇しかかっていた。再生可能エネルギーだけではとっくに維持できないほどまでに文明は肥大化していた。頼みの宇宙開発事業は完全に失敗に終わった。少なくとも太陽系の中に、投資した費用をペイできるほど有望な資源を有する星はないことがはっきりしてしまった。宇宙移民船に乗り込む人は、全体からすればごく少数派だった。一般相対性理論のくびきを脱する手段を、当時の人類は開発できなかったから。スペースオペラのような夢のある未来は、決してやってこないことを思い知らされていたから」
「…………」
「だからヴァ―ライドは、今にも互いを喰らい合い、奪い合いかねないほど追いつめられた人類を救おうとした。彼は本当に勇敢で、心優しい人だった。そして――人類史上最高の頭脳の持ち主だった。ヴァ―ライドがやったことを、ひどくわかりやすく言うと、「死後の世界の創造」だ」
「わけわかんねえ。死んだ後に何があるってんだよ」
「そう、何もありはしない。だけどそれじゃあ、救いがない。地球にいたら自重で潰れ死に、そして宇宙のどこにも行けなかった人類に、別の逃げ場を用意しようとした。それが第一大罪フォビドゥン・セフィラ。救いの異世界。この宇宙の本質が、「無の取りうる形態の一つ」でしかないことに着目した、人間原理の逆利用事業。霊と肉の分離」

【続く】

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