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野望は「丁寧なごはんを手抜きして作る」こと《頭の悪いレシピをばひとつ》

 お料理についてのマガジン↓のタイトルを改めました。

 以前は「頭の悪いレシピ」と銘打っていましたが、続けるうちになにかちがう、という気持ちになり、どう変えるか今年中ずっと悩んでいました。
 とにかく、「丁寧」と「手抜き」という世間では対立してとらえられがちな概念を両立させたかったんですが、うまい言い回しが出てこなかったんです……が、やっと神様が降りてきました。

 

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 「丁寧」とは、一般的には「手も時間もかけてなにかをすること」です。
 だけど私はそれだけではちがうと思います。
 家庭料理における「丁寧」とは「愛を食べさせること」「自分や自分が食べさせる人をネグレクトしないこと」だと思います。
 お惣菜をせめてチンする。余裕があるなら、お皿に盛り付け直す。それが、そのときその人の状況のなかでの精一杯のもてなしなら、それは「丁寧なご飯」です。

 「手抜き」も、一般的には「必要な手をかけずにぞんざいになにかをすること」とされています。
 だけど、それを家事に適応すると、またちがう意味が出てきます。
 これまでなんとなく「必要」とされていた手間を見直し、ほんとうに必要なものを残す。もしくは簡単だけど効果的な方法に置き換える。
 家事における「手抜き」とは、「手間と時間の合理化」であり「あまった時間や手間で、もっと暮らしを楽しくする」なのです。

 そして、「手間を合理化して、昨日よりも美味しいご飯を食べ、昨日よりも暮らしを楽しくする」ことは、丁寧な暮らしの極みだと思います。
 丁寧な暮らしとは、生活をいとおしむこと、と言い換えることができます。

 

 どこを「丁寧な暮らし」の最低限のラインにするかはひとそれぞれです。また、状況が変われば当然、変動します。
 だから、お互いの違いをわきまえることで、「丁寧」は家事担当者を苦しめる言葉ではなくなるはずです。

 ただし、その最低限のささやかな「丁寧」のための手間や時間すら世の中が奪おうとするなら、もしくは与えられていないのなら、世の中に適応して「丁寧」のレベルを下げるのではなく、怒るべきだし、抗議して、取り返すべきだと私は思います。
 だって、生活をいとおしむ時間を顧慮しない社会は、そもそも、人間が人間らしく生きようとすることをネグレクトしているのですから。

 

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 だから。
 たとえどんな状況になっても、せめて毎日のご飯が丁寧であることは手放してはならないし、こだわり抜きたい。

 そのためのヒントになる記事を、このマガジンには集めます。
 また、自分のしている工夫も集めます。

 

 目指すのは、たぶん、

 いい意味での手抜きのためならマメになれる
 あなたのためのマガジン

 です。

 

 

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いま、病気で家にいるので、長い記事がかけてます。 だけど、収入がありません。お金をもらえると、すこし元気になります。 健康になって仕事を始めたら、収入には困りませんが、ものを書く余裕がなくなるかと思うと、ふくざつな心境です。