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イスラエルの「LGBTフレンドリー」政策の嘘②

 前の記事①では、イスラエルの「LGBTフレンドリー」政策と、その理由であるところのインバウンド消費による経済効果と人権推進国であることのアピールについて紹介した。

 今回の記事では、そもそもイスラエルの推進する「LGBTフレンドリー」は必ずしもイスラエル人の性的少数者の人権の推進とイコールではない可能性を指摘したい。

 前回も参考文献として取り上げた[保井,2018]は、イスラエルの広報宣伝から読み取れる二つの特徴を整理し、そこに新自由主義の影響が見られることを指摘している。イスラエル政府は男性同性愛者(つまり、女性より平均的な給与が多くダブルインカムな可能性の高い人々)の「ピンク・マネー」によるインバウンド消費に注目している。とすれば政府にとって利益になるのは男性同性愛者の観光誘致で、女性同性愛者たちやトランスジェンダーなどシス男性に比べ経済的または社会的な特権を持たない人々の権利は付随的に語られるに過ぎないという構造になってしまう。

 日本の性的マイノリティの歴史でも購買力のある裕福な同性愛者の男性たちは、これらの特権を行使してゲイ・カルチャーを市場化し「人権」を得てきた歴史がある。彼らは性愛に関して社会の目から隠れる必要があったが、反対に言えば隠れること、つまり隠れるための「クローゼット」を持つことはできた。そして、市場の原理に基づき金銭と引き換えに居場所を入手していった。それに比べ、例えば経済的特権を持たない女性同性愛者たちは「クローゼット」を持つことすら出来なかったということである(前川,2019)。ジェンダー学者の前川直哉は、こうした中で「商業主義や市場に人権を委ねる」ことを是とする発想は「可処分所得の大きい層の人権が、そうではない層の人権よりも尊重されてもやむを得ない、という考え方に転化しかねない」(2019,p.96-97)として警鐘を鳴らしている。

 これらの議論は、新自由主義的な「LGBTフレンドリー」は、全てのイスラエル人の性的少数者に平等な人権をもたらすものではなく、金銭的に余裕のあるものだけが享受するエンターテイメントとしての「LGBTフレンドリー」である可能性を示唆している。

 また現政権の「LGBTフレンドリー」政策は国外に向けたアピールに過ぎないという批判も出ている。

 上記のハーレツ紙による記事は、ネタニヤフ首相が英語で国外に向けて語る際には性的マイノリティにフレンドリーな内容を話す一方、ヘブライ語で国内に向けて語る際は同性愛嫌悪的だとして批判をしている。

 こうしてイスラエル政府主導の「LGBTフレンドリー」をみていくと、やはりその実態は、西欧の裕福な(白人)男性がゲイ・ツーリズムで同国に落とすピンク・マネーを目的とした新自由主義的で限定的な「人権推進」という面があることは否めない。

 本シリーズの全体的な目的は、イスラエルの「LGBTフレンドリー」が、パレスチナ人(当然パレスチナ人性的少数者も含む)に対する権利の侵害の「覆い隠しであるピンクウォッシングだと批判することである。しかし、上記のようにそもそもこの「LGBTフレンドリー」はイスラエル国内の性的マイノリティにとってすら、平等なものではないようなのである。

参考文献
入江敦彦『ゲイ・マネーが英国経済を支える?』 洋泉社, 2008.
保井啓志「『中東で最もゲイ・フレンドリーな街』イスラエルの性的少数者に関する広報宣伝の言説分析」 『日本中東学会年報』(34−2),p.35-70,2018.
前川直哉「女性同性愛と男性同性愛、非対称の百年間」 菊地夏野・堀江有里・飯野由里子編『クィア・スタディーズをひら く 1:アイデンティティ, コミュニティ, スペース』 晃洋書房, 2019.
吉田道代「同性愛者への歓待:見出された商業的・政治的価値」『観光学評論』(3‐1), p.35-48, 2015.

Y.S.

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