対話

季節は初夏だろうか。周囲は開けた草原であり、膝下くらいまで一面生い茂った草を、時折吹く風が揺らしていく。視界に入る限りには、人工物はなにも見当たらない。

気がつくと、足もと少し後ろに、その小さな子は体育座りの姿勢で、真っ直ぐ前を向いてじっとしている。そんなふうに書くと、ひと昔のホラー映画を思い浮かべるかも知れない。しかし、鍔付きの帽子を被っているので顔は見えないものの、天パの僕には羨ましいほどのサラサラな直毛と小綺麗な服装のせいか、彼もしくは彼女からは爽やかさが感じられる。

僕は話し掛ける。
「久しぶりだね。ここ1年近くは珍しく見かける事が少なかったけど、どこかに行っていたの?」
もちろん返事はない。

「本当のことを言うとね、僕は君と会う機会が減って、少しだけホッとしていたんだ」

「決して君のことが嫌いな訳ではないんだよ。どうしようも無くなった時、最後に僕を救ってくれるのは君だけだってことは知ってるからね」
ここで初めて少しだけ顔を上げてくれる。相変わらずはっきりとは見えないけれど、整った顔立ちなのは分かる。

「でも、まだ少しだけ早すぎる。僕には、まだこちらでやらなければならない事があるからね。長い付き合いだから、そこは分かってくれているんじゃないかな」

「君のことは普段は忘れていられるんだけど、ふとした時に存在に気づいてしまう。いや、嘘はよそう。本当はいつもうっすらとは気にはなってる。なんと言っても、すでに君は僕の一部なんだからね」

「君の存在感が増すたびに、僕は眠らなくてはならない。クスリに頼ってでもね。おかげで一日一日が、一週間が、ひと月が、そして一年が、あっという間に過ぎ去っていくよ。僕のしなければならない事って、ある人より長生きして、最後まで「調子が良くなって元気に働いている、という嘘」をつきとおすことだけなんだ。葬式の時に「あそこの子は気が狂って自殺したらしい」なんて陰でヒソヒソ言われたら、可哀想でしょう。でも、そんなことに意味はあるのかな?とも思うんだ」

気付くといつの間にか、彼もしくは彼女の姿は見えなくなっている。返事はなかったけど、分かってくれているんだと思う。



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