大和

高い身体能力 大和

9 大和とは?

鹿屋中学校時代には、ボーイズリーグの「鹿屋ベイスターズ」に所属していました。樟南高校への進学後は、「1番・遊撃手」として、1年夏と3年夏に阪神甲子園球場の選手権全国大会へ出場。3年夏の第87回全国高等学校野球選手権大会では、チームの準々決勝進出へ貢献するとともに、甲子園球場が本拠地である阪神タイガース監督(当時)の岡田彰布から守備力を注目されていました。05年高校生ドラフト4位で阪神から指名されます。入団1年目のオープン戦でいきなり遊撃手のスタメンで大和は出場します。シーズンでは一軍の出場はありませんでしたが、「2番・遊撃手」としてウエスタン・リーグ公式戦83試合に出場。リーグトップの25犠打、リーグ2位の4三塁打を記録したほか、7月20日のフレッシュオールスターゲーム(東京ドーム)にも同リーグ選抜の一員として出場しました。07年から本名の前田大和から登録名を大和にしました。二軍では高い守備率などで活躍するものの鳥谷が遊撃手にいたため一軍にはなかなか上がれませんでした。09年一軍にデビューすると66試合出場します。10年には開幕一軍で迎えます。また出場機会を増やすために外野手も兼務することを大和は希望します。12年には主に中堅手として100試合以上出場します。13年にははじめて規定打席に到達。14年には外野手登録にして日本シリーズでもファインプレーを連発します。外野手としてゴールデングラブ賞を獲得します。15年からは外野、内野のユーティリティプレイヤーとして控えに回ります。出場機会を増やすために17年にはスイッチヒッターへ転向しますが便利屋的な使われ方で17年オフにFA宣言してベイスターズに入団します。DeNAは2017年にセ・リーグのレギュラーシーズン3位から日本シリーズへ進出していましたが、巨人の現役選手時代に三塁手や左翼手として活躍した高田GMは、「内外野の守備だけでも、打率3割以上の価値がある」という表現で、大和の守備力をかねてから高く評価していました。18,19年のベイスターズでは遊撃手としての出場がほとんどです。移籍当初は横浜スタジアムに慣れずエラーも多かったですが、広い守備範囲と強肩で守備面での貢献が大きい選手です。ベイスターズ移籍後しばらくしてスイッチヒッターはやめました。

練習熱心

どのような環境でも練習へ真摯に取り組んでいることから、阪神時代には球団関係者からの評価が総じて高く、「将来の幹部候補生」と目されていました。17年シーズン終了後に国内FA権の行使を宣言した際にも、阪神への残留か他球団への移籍で大いに悩んだそうです。阪神球団も、大和が残留することを前提に球団が販売する2018年版カレンダーの8月分で大和・上本・俊介を揃って登場させていました。

守備職人

三塁側スタンドから大和のポジショニングを見ると半身になってどんな打球へもすぐスタートができるように構えています。打球に関する感覚を研ぎ澄ますための工夫も常に怠らず、グラウンドのコンディションなどの確認をじっくりとしています。若い選手は大和に見習うべき点が多く、前述のように阪神も幹部候補として大和の復帰を願っているような選手なので大事にしたいところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?