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創造性を磨くトイ・パズル② キャット&チョコレート

前回に続いて、創造性の育成に関わるトイやパズルを紹介したい。今回はもはやアナログゲームの定番にもなっている「キャット&チョコレート」である。すでにプレイ経験済みの人もいるだろうが、かいつまんで説明すれば、カードの山から引き当てたシチュエーションに対し、与えられた手札のアイテムを、指定された数だけ使用してどう切り抜けるかを説明するというもの。オーディエンスの過半数の賛同が得られれば得点となる。また、チーム戦(キャットチーム vs チョコレートチームの2陣営)の要素もあり、自分が2チームのどちらの陣営に割り当てられるかはゲームの最後で決定される。これにより、オーディエンスも自軍に有利な贔屓ができないというわけだ。相手の手を読んで先に目標に達するタイプの対戦ゲームではなく、アイデアの面白さや説得力など、トークスキルで楽しむタイプのゲームである。シチュエーションもさまざまなものがあり、誰にでも起きうる日常のピンチを集めた「日常編」や現実味のなさげなシチュエーションを集めた「非日常編」、学校場面に絞った「学園編」、ビジネスマンになりきった「ビジネス編」などさまざまな種類が発売されている。聞くところによれば災害時の危機的状況を想定したバージョンなどもあり、防災教育に応用しようという試みもあるそうだ。

このゲームのどのあたりが創造性に結び付くのか、ということだが、まず与えられた道具を指定された数使う、と言う点である。実はこうしたタイプのアイデア提案型の課題は創造性研究の心理学実験でもよく使われている。創造性研究の大家であるFinkeは、自身の提案するジェネプロアモデルという、アイデア生成時の思考プロセスの理論を検証するために、実際の人間のアイデア生成プロセスを観察、実験してきた。その時に行われていたのが、シンプルな図形を複数用意し、それらを組み合わせて新たな道具のデザインを提案するといった課題や、さまざまな立体物を用意してそれらを組み合わせて新商品や発明を考えるといった課題などであった。また、シチュエーションを想定して何か想像(創造)する実験もあり、例えば、今までに人類が到達したことのない未知の惑星で遭遇した生き物とその生態を想像し、スケッチと説明を加える、といった課題もある。まさにキャットアンドチョコレートのSF版とでも呼べそうな題材だ。


 一見すると関係のなさそうなアイテム、アイデア、理論同士を組み合わせて新しい提案を見つけるというのは実際の発明場面でもよくある。味噌ラーメン、チョコがけスナック菓子、ニンテンドーDS(タッチパネル+ゲーム機)をはじめとするゲーム機(他にもモーションセンサ、加速度センサなど)、椅子や机になるスーツケースなど枚挙にいとまがない。こうしたものは心理学では「概念結合」という考え方として知られている。概念結合をすると、その要素となるもの1つ1つにはなかったものが、組み合わさることで生まれてくることがある。詩的には化学反応とも呼べるものだが、心理学では「創発特徴」などと呼ばれる。創発特徴の例は比喩表現に良く見られる。「爆走兄弟レッツ&ゴー」で知られる漫画家のこしたてつひろさんにつけられた二つ名に「炎の漫画家」というのがある。この二つ名はおそらく氏の生み出す作品にみる胸が熱くなる展開や、登場人物の熱血ぶりを反映したものだろう。しかし、これらは「炎」の特徴でもなければ、「漫画家」の特徴でもない。二つが揃うことで氏の作風を表現した言葉になる。こうした創発特徴は実際に心理学でも多くの研究の蓄積がある.

https://www.cl.c.titech.ac.jp/_media/publication/593.pdf




 キャットアンドチョコレートは、シチュエーションと道具、あるいは道具同士の概念結合で面白い答えを作る遊びだ。そこに客観的な「正解」はなく、参加者の答えの独自性を楽しむのである。


 このゲームにおける創造性への寄与はいくつかある。1つは、「限られた与えられたモノで危機を乗り切る」というマインドである。発明は不足や不便から産まれるのが世の常。漫画やゲームの二次創作活動も、公式では作ってくれなさそうだから作る、というのが原動力だ。「あるモノでやるしかない」という状況は、与えられた道具のもともとの使い方以外の新しい応用を探すきっかけとなり、そうした習慣が、身近な道具やアイデア、理論の新たな応用方法の模索を習慣づける。実際、囚人が与えられた道具だけでは不便を感じ、備え付けの家具や食器を活用して家電品や新たな道具を作り出したりする記録があり、スケッチも含めた1冊の書籍として纏められている。面白いのはトイレットペーパーの使い方で、湿らせて練り固めて粘土がわりにしてチェスを作り、燃やして燃料にもする。もちろん尻も拭くだろう。こんなにトイレットペーパーを使い倒す人を見たことがない。


 また、自分の好きなものを使ってよいのではなく、どんな道具が与えられるかはカードの引き次第だ。しかし、自分の好みのものだけを使っていては、自分の思い込みや思考の癖の中でしか物事を考えることができない。あえてランダムなものを使うことは、自分の偏見や思い込みから脱するためには重要だ。こうしたことは発想支援ツールとして古くから知られている、オブリーク・ストラテジーズにも通ずる。オブリーク・ストラテジーズとは、シンプルな短文の発想法のアドバイスが書かれたカードだ。ランダムに山札から引いて発想の手がかりにする。もとはカードゲームのようなアナログツールだが、今はアプリ版もあるようだ。

もう1つのこのゲームの大事なポイントはゲームというところだ。ゲームだから、珍回答を許す空気がある。失敗しても良い。失敗を恐れると無難な答えばかりが出てきてしまう。すでに成功した事例の模倣、焼き直し。手札の引きが悪ければパスしたくもなるだろう。しかしこれはゲームである。良い答えが出なくてもそれは手札のせいにしてよいし、それでやけくその答えを言えばいい。自分にとってのやけくそが他のオーディエンスに刺さるかもしれない。このゲームをプレイしている間に一人のプレイヤーから出た珍回答が、その後の珍回答のトレンドを作りだすこともよくある。困ったらこういうボケ方してもいいんだ、という勇気を与える。
 総じて、このゲームの創造性への寄与としては以下のように集約できる。

  • 限られた道具の用途を多角的に見直す習慣をつける

  • 道具や概念同士の組み合わせ、概念結合とそこから生じる創発的特徴の発見を促す

  • 失敗を恐れない姿勢と場の空気をつくる

強いて難点を上げるならば、プレイヤーの人数を必要とするところだろうか。オンライン版などがあれば未知の他人とできて、一人でもすぐに試せるかもしれないが、はたして

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