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【ディベート】怒ってない、反対しているわけではないと毎回”前置きが必要”

おはようございます、音楽家の河野一之です。

お知らせ

まずはお知らせをさせてください。

①「即席バンドにて決められた曲を河野一之とともに練習する会」

スターウォーズに続いて今回はThe Year of The Dragon / Philip Sparke!

今後の予定
7/22(祝日)16:00~18:00
8/15 10:00~12:00
9/18 午前午後(ホールでの開催)


ご応募はこちらから


②17LIVEという無料配信サイトで毎日生放送しています。

ぜひ覗きにお越しください。

毎朝6:30~管楽器奏者が教えるブレスウォームアップ
毎日チューバライヴ


③7/31 Brass in Recital 8th

金管楽器のソロコンサート集!

アマチュアの方々にソロの機会をというのことで始まったこちらのイベントも早8回目!ゲストソリストには毎度お馴染み、テナーホーン奏者の今井斐さんにご出演いただきます。

無料
7/31 12:30開演予定

ご来場には事前予約フォームへのご記入が必要となりますのでご予約をお願い申し上げます。(2分で書き終わります。)

【ディベート】怒ってない、反対しているわけではないと毎回”前置きが必要”

遥か昔の記憶ですが、確か中学生の頃にディベートという授業があった気がします。

あまり面白い授業だとは当時思っていませんでしたが今思うととても重要な授業で必要であったなと思うわけです。

その訳がありますが、その前に渡英した時の経験を話したいです。

イギリス生活が続く中でいくつか面白いというか好きになった部分がありました。

それが合理性です。

例えばバンド活動にしても、無駄な時間は一切ありません。練習にしろ、移動にしろ全て合理性の元に成り立っています。無駄な話し合いや打ち上げなんて一切ないのです。

それはなぜかというとバンド自体は「伝統の継続」というものを本質とし、そのためにコンテストでの優勝やCDの販売、コンサートシリーズなどがあり、そのために奏者の選抜から練習などが行われます。

なので簡単に言うとこのバンドの本質に合わない人というのはバンドに残れません、容赦なくクビを宣告され本質に合う人がまた呼ばれます。

奏者の方も自分の人生を豊かにするためにバンド活動をしています。しかもプロの奏者なんて一握り、大抵の奏者はアマチュアで、仕事+家庭+自分+バンドのことを並行してやっていく必要があるため無駄な時間など一切取りません。バンドが終われば大抵が即帰宅です。

そうしてこれらをスムーズに行うため、合理性や自分の意見というものをハッキリ持ち、議論します。そうして妥協点を見つけお互いの関係を気持ちよく発展させていくのです。

これ以外にも様々な合理的な部分がときに暖かく、日本人の感覚的に時に冷酷なまでにハッキリしているので僕の性にはとても合っていました。

議論どころではなかった

しかし、日本に帰ってきて話をしようとしても。議論どころではないのです。

何かを話そうとしても

「言い方が悪い」
「怒ってるの?」
「今話す内容じゃなくない?」
「わからない」etc

このような事をまず言われ議論にならないのです。

特に相手の意見に対して、修正や反対の意見を言う場合、修正&反対意見=自分のことが嫌いなんだ!みたいな反応をされ、怒りだしたり不機嫌になられてしまうのです。

議論したい内容うんぬんではなく、感情が先に出てしまうことが多いのです。

そこで色々考えてみました。

話してもらえるように”こちらが”工夫をする

全く同じ立場やタイミングで合っても、遅刻をして笑われこづかれる人と真剣に怒られる人がいます。

この違いがこの国で議論を受け取ってもらえるか否かに分かれる気がしました。所謂、根回しのようなものです。

「議論をしたい自分」という存在を相手にとって心地の良いものにし、話をしやすくするというのはどうやら大事なようです。

つまり相手との関係性を作っておかない限り議論という舞台にさえこの国では立てないのです。

決して隣の芝生は青い、イギリス賛美、日本下げではありません、実体験です。

その上で

議論の舞台に立ってから

相手との関係性が何年とあれば簡単なのですが、そうではない場合言い方の工夫が必要です。

しかし、工夫をし過ぎて回りくどくなり本心が伝わらなければ意味がありません。

ここにとてもストレスを感じますが、この国で生きていくのであれば必要です。

相手がわかるように、議論という舞台に立ち続けてもらえるように話を続けなければなりません。全ては議論し、こちらの要求を相手の妥協点にすり合わせるためです。

人を変えたければ自分が変われ

高校時代の先輩に教えてもらった言葉でとてもカルチャーショックを受けたと言うか勉強になった言葉がこちらです。

僕たちはどうしたって、「相手が理解してくれないから!!」「相手が行動に移してくれないから!」と人や自分以外の周りのせいにしてしまいます。

でもこれは「自分でできる努力を怠っている」ということになります。

少なくとも”一回”は相手に要求をはっきりと言葉にして言うのは必要だとは思いますが、その自分できる最初の行動をしても自分の思い通りにならない場合、自分の何かが変えられるチャンスなのです。

押してダメなら引いてみろ、もしくは筋トレしろ

と僕は一言付け加えたいのですが、これは冗談ではなく本気で

今の自分という存在で話を聞いてもらえない、行動に移してもらえない、議論にもならないというのであれば相手を怒ったり、変えようとするのではなく

自分自身が(筋トレ、勉強をして)変わってしまう

方が手っ取り早いのです。

多くの場合、散々人や周りのせいにして怒っているだけで自分自身を変化させようとせず結果的に自分が望む世界を生きられないことばかりです。

でもそうではなく、自分自身の考えや行動をアップデートし、自分がみている世界を変えてしまう方がいいのです。自分自身がそのままに見ている世界を変えるのは世界任せというか、自分で自分の人生を生きていないことになります。

諦め力

また押してダメなら引いてみろ、もしくは筋トレしろの中での引いてみろというのは、自分自身で満足いくまで自己の研鑽を行ったのにも関わらず変わらない無理な件に関しては早々に手を引けということです。

まとめ

確かにディベート力、そして思考力が少ない人というのはいます。なので自分自身の意思、そして合理性を生み出していくためにディベート力というのは必要になるのでやっぱり”勉強”の継続は必要だと思う訳です。

でももう一方で世界が変化をしないからと腹を立て「あいつ、〇〇が悪い!」としてしまうの短絡的ですし、もったいないのです。

ぜひ、まずは自分自身を高め続け、自分の人生に現れる全てのことに責任を持ち生きてみると面白いです。

周りを変えたきゃ、自分が変われ

なんて本質的な言葉でしょうか

おすすめです。

Thank you

Kazz





サポートして頂いた支援は全て金管楽器や金管バンドの奏法の研究、音楽を使ったエンターテイメントの発展に使用させていただきます。