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シュトックハウゼン《ソロ》演奏ガイド

はじめに

去る2022年7月7日、東京現音計画第17回演奏会においてカールハインツ・シュトックハウゼン《ソロ》のチューバ・バージョンを演奏しました。

この曲は任意の旋律楽器とテープを用いたフィードバック(4名のアシスタント)のために1965年に作曲された作品です。今回はチューバと、東京現音計画のメンバーである有馬純寿によるフィードバックをエレクトロニクスに置き換えたバージョンを作成しました。演奏にあたっては詳細なインストラクションを読み解き、与えられた素材を「フォームシエマ」と呼ばれる一種の設計図に従って自分(達)の楽譜を制作する必要があります。この過程が中々に煩雑なので、今後この曲を演奏される方の参考になればと思い、この記事を作成しています。

楽譜の作成

《ソロ》の楽譜は現在ウニヴェルザール出版(Universal Edition)から販売されていますが、中身は多言語版のインストラクションと、「ソロ」と書かれた6枚の五線譜の素材、「フォームシエマ」と書かれた設計図のようなものが6枚入っています。

ソロ(一部モザイク処理をかけています)
フォームシエマ、バージョン1(一部モザイク処理をかけています)


「フォームシエマ」はバージョン1から6までの6種類があり、演奏者はその中から任意の一つを選んで楽譜を作成します。それぞれを用いた場合の演奏時間はおおよそ10分から19分と異なりますが、全てのバージョンは構造的にAからFの6つのセクションに分かれています。このAからFに、前者の「ソロ」の6つのページを素材としてそれぞれ割り当てて、後述するルールに則って楽譜を作成していくのです。そのルールについても主なものは「フォームシエマ」に記載されていて、それは主に最下段の記号によって示されています(これが面倒臭い)。
「フォームシエマ」についてもう少しお話しすると、上段からそれぞれのアシスタントが実演にあたって行う指示書のようになっています。上段2段がマイクによるピックアップの制御、続く2段がフィードバックの制御、続いて2段がプレイバック時のスピーカーの制御。ここまででアシスタントが3名必要なのですが、もう一人はこの「フォームシエマ」を見ながら、次のセクションへ移った際に演奏者へライトなどを使って知らせる役割を主に担います。今回はこの部分を有馬さんにプログラムを組んでもらってこの4人がかりの作業をオートメーション化しています。しかしながらマイクのピックアップのタイミングや、現場でのバランス調整などについては、演奏時にはエレクトロニクス側の手動となっています。これは実質演奏行為に近いため、「ソロ」と銘打っていますが実際には複数名によるアンサンブル曲と考えて良いでしょう。

話を楽譜作成に戻しましょう。前述のように、まずは6枚の「ソロ」の楽譜=素材をAからFに割り当てるところから始めます。例えば今回は梱包されている順の3枚目をセクションAに割り当てています。楽譜はト音記号で記譜されていますが、任意に移調が可能です。ただし(指定された場所を除いて)全体を丸ごと移調しなければいけません(部分的にここは1オクターブ、ここは2オクターブといったことは認められていません)。今回は2オクターブ下に移調しています。

さて、ここからが作成の厄介な部分です。「フォームシエマ」にはその素材をどのように用いるかが記載されています。
先ほどのバージョン1のセクションAで関係するのは主に2箇所。

フォームシエマ、バージョン1、セクションA(部分)

このセクションは6秒の段落が11あることを示しています。楽譜作成にあたってはまずこのセクションに五線を11段用意して、そこに素材を貼り付けていくことになります。それぞれの段が6秒間で演奏されることになります。

フォームシエマ、バージョン1、セクションA(部分)

こちらはその素材をどのように用いるかを記号で表しています。作成時に留意するのは上から4つまで。
1段目:他のセクションとの関係性:前後のセクションの要素を引用することでセクション間の関係性を維持するかどうかが指示されています(ここでは部分的にセクションBの素材を使うこと)。
2段目:素材をどのように使うか?「段」丸々使う場合と、ある「部分」だけを用いる場合、または一音、装飾音など「要素」を用いる場合。「部分」や「要素」の場合は素材の他の段のものを組み合わせても良い(ここでは「部分」)。
3段目:隣り合う「段」や「部分」、「要素」の関係性をどのように配置するか。同じような関係、異なる関係、反する関係(ここでは「同じ」)
4段目:「段」「部分」「要素」の間のポーズ(空白)について。大きく取るか、狭くとるか(ここでは短く)。

これらのルールに則った形で楽譜を制作します。混み入ったルールのため、部分的に成立しないところが出てきますが、これは演奏者の判断でどちらかを取るしかないように思います。このようなプロセスでできた楽譜がこちら。

セクションA、作成譜


このような手順を踏んで楽譜をセクションAからFまで6ページ作成して、ようやく実際の練習に入ります。まだお話ししていない要素もありますが、それは後述します。

練習にあたって

これで楽譜は作成できたわけですが、ここから練習でいくつかの調整が必要となります。まず、セクションごとに一段を演奏する秒数が異なります。今回のバージョンでは短いもので6秒、長いものでは25.3秒の指示があります。よってそれに合わせた形で楽譜にガイドととなる目盛りを打って、実際の音価、リズム、テンポを確認します。
素材として示されている楽譜の中で示されている奏法は通常奏法、グリッサンド、フラッターの3種類です。これと別に2つのレイヤーで音色(というか広い意味でテクスチャー)を変える必要があります。

一つは「ソロ」の素材の中に時折示される「Geräuschhaft(うるさく、ノイジーに)」という指示です。これには「etwas(やや)」と「sehr(非常に)」を付け加えた3種類が指定され、オーバーブローやキーノイズ、エフェクターなど、自由な解釈での音色変化が求められます。今回はこの部分はペダルで制御するフリケンシーモジュレータを実装してもらいました。

もう一つは主に楽譜の段の左に書いてある「N, I, II ,III」の記号です。これらはそれぞれで音色を変えることを要求されています。インストラクションによれば、初演時のフルート版ではピッコロやアルトフルートとの持ち替え、トロンボーン版ではミュートの付け替え、といったことが参考に書かれていました。
これらは作成譜の写真を見ていただけるとわかるのですが(段の左に指示が書かれています)、場所や素材の選び方によってかなり頻繁な変化が要求されます。正直なところ、チューバにおいてこの頻度で複数のミュート交換することは現実的ではありませんし、奏法において明確な4種類を区別することはあまり効果的ではありません。今回は色々考えた末、このアイデアだけはバッサリと切り捨て、その代わりに一部のセクションを丸ごとセルパン、オフィクレイドに持ち替えることにしました。これは前述のように「ソロ」と銘打ってあるものの実際はフィードバックを用いた多声的な扱いの曲であること、また独奏曲というジャンルながらエレクトロアコースティックとのアンサンブル曲であることに加えて、歴史的なつながりのある楽器を多層的に重ねていく、というコンセプトを付け加えた形として演奏してみたい、という狙いもあります。

実際の演奏にあたってはこのようなセッティングとなりました。

セッティング、前面から
セッティング、演奏者側から


モニターはセクションごとに違う一段の秒数、現在の段数とペダルによるエフェクトの値が出るようにセッティングされています(周りがごちゃっとしているのは他の曲の関係です)。

今後の課題

先ほどの「N, I, II, III」の指示による音色変化については声による重音やダブルベルの実装などにおいて可能性はあると思いますが、これらによる音色の明確な切り替えには相当の準備が必要になると思われます。
また、今回明確に区別するに至らなかった指示がもう一種類あります。先ほどの「フォームシエマ」の記号の下に「POLYPHON und einige BLÖCKE」という指示がありますが、これは「ソロのパートとフィードバックされた音響との関係」についての指示で、大雑把に言えばセクションによって「多声的」「和声的」「ブロック構造」に聞こえるようにコントロールすることが要求されています。
自分の音の出るタイミング、または切るタイミングを音響とずらしたり揃えたりすることで多声的⇄和声的なコントロールはある意味可能なのですが、その音響も先ほど自分の演奏したもののプレイバックですし、そうやってコントロールした今の演奏は次の自分の演奏にプレイバックされるため、一口にコントロールと言っても相当な修練が必要です。付け加えるならば、ピックアップする音響もエレクトロ側で任意にタイミングを図るので、二人がかりでの高度なアンサンブルが必要になります。これははっきり言って場数を増やす以外に方法がなく、今後再演を重ねてより明確な違いを作れればと思っています。

終わりに

以上「ソロ」を演奏するにあたっての準備についてざっと書き留めてみました。本番の動画も編集後に追記できればと思います。
煩雑で複雑な準備が、しかも音を出すまでに必要とされる曲ですが、非常に強固な構造とアイデアに満ちた作品で、しかも演奏者の独自性も発揮できる大変興味深い曲だと思います。ちょっと引っかかるのは、バージョンの選定、素材の配置ひとつとっても様々な可能性がありすぎて、自分の選んだ方法が果たしてよかったのかどうかがわからないこと、かといって素材選びだけをやっているわけにいかず、結果的にはできたバージョンをきっちりさらいこむ必要もあることから、この辺りに物凄いジレンマがあることでしょうか?例えば次回再演するチャンスがあったときに今のバージョンを更に作り込むか、全く新しいバージョンを一から作り直すのかというのはなかなかに悩ましい問題と言えるでしょう。




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