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生きているうちにできること

父との対談が、自分の意思と反してセッティングされた。

‟旅行に行くので、お父さんの夕飯お願いします。ボンクールでご馳走してもらってください。"

(ボンクールとは実家の近所にある、素敵なご夫婦が営むレストランのこと。)

母からのメールで突然セッティングされ、戸惑いながらも引き受けた。

父は先月入院していて、退院後も食欲が戻らず体力も随分落ちていた。旅行に行く母は、一人残した父がめんどくさがって“食べない”事を案じての事だったのだと思う。

ただ…わたしは生まれてから37年間、父と二人で外食などした事などなかった。

「いったい何を話せば良いのか…」

“はじめて”は緊張する。

仕事人間で家庭を顧みなかった父
一人で全て抱え込み“うつ病”になった母
バラバラになった家族を必死で繋げた長男
全ての間に挟まれ耐えつづけた次男
幼すぎた末っ子のわたし

そんな家族だった。

そんな家庭環境の中、少し歪んで育ってしまったわたしは、笑わない子になり思春期には学校へも行かなくなり、居場所のない家庭からも、逃げるように16の時に家を出た。

思い返せば父ときちんと話したのは、わたしが家を出るとき、
当時の実家のダイニングテーブルを挟んで向かいあい「全部お父さんのせいだ。すまないと思っている…」と言った父に、わたしは答えるでもなくただ頷いたような気がする。

あれからたくさんの経験を重ね、“自分の居場所”を見つけることもできて、たくさんの人に支えられて今がある。

一言では語れない時間を過ごしてきた。

気がつけば随分時間も経ち、“大人になる”を通り越して、両親もわたしも歳をとった。

そんな時間の中で、ゆっくりと両親との関係も“まるく”なっていき、今更反発もない。時々は実家に顔も出すし、会話もする。側から見れば“ふつうの家族”に見えると思う。

それでも“はじめて”には、やっぱり戸惑う。

父との“対談”に向けて、この機会に話さなければいけないこと。聞いておきたいこと。やっておかなければいけないことがあるんじゃないかと、取材の準備をするように緊張していた。

なぜなら、父の入院をきっかけに「時間に限りがある」というのをうっすらと実感していたから。もうすぐ80歳を迎える父は、寿命が終わりに向かって確実にカウントダウンがはじまっているのも事実。

理屈じゃなく近い将来「父は居なくなる」。

その前にやっておくべきことがある。そんな焦りのようなものを感じながら、実家に向かった。

実家からボンクールまでは、歩いて2分かからないほどの距離。迎えに行った父と歩き出すと、マンションの階段をゆっくりと降り、時々フラつき、歩くのが遅くて驚いた。

ボンクールへ着くと、父はいつもの“和風ハンバーグ”を、わたしも同じものを頼んだ。わたしからしたら子供の手のひら程の上品で小さなハンバーグは、少し物足りないくらい。

ボンクールのご夫婦が、近況を話しながら会話をサポートしてくれて助かった。和やかに時間が過ぎ、それはわたしの想像していた“対談”にはならず、“親子でご飯を食べる穏やかな時間” ただそれだけだった。

最近では、父の大好きなその小さなハンバーグですら食べきれず残していたと、ご夫婦が話してくれた。だけど今日は完食した。娘との食事は嬉しかったのかもしれない。

わたしがお手洗いに行ってる間に会計を済ませる父。娘のわたしには、男らしく振る舞いたいのかもしれない。

店を出ると雨が降っていた。傘を持っていなかったけど「すぐだから」と歩き出し、また走ることもなく、ゆっくりゆっくりと雨の中歩きだした。

ボンクールの奥様が傘を持って追いかけて来てくれた。優しいご夫婦に間を取り持ってもらい、父との“はじめて”は終わった。

父との“はじめて”は、“はじめて”ではないような、懐かしさと穏やかな時間になった。

ゆっくりと歩く父の歩幅に合わせて歩く時、親子が逆転したように、父を見守り寄り添いたくなった。いつの間にかとても長い年月が過ぎ、お互いとても歳をとっていた。

生きているうちにできること

それは、聞いておかなくてはいけないことや、話さなくてはいけないこと。「私たち家族はなんだったのか?」「あの時父は何を思っていたのか?」そんな“対談”ではなく、親子の時間をたくさん過ごすこと。今からでも、少しでも“家族の時間を体験”すること。

それが後悔しない残された時間の過ごし方なのかもしれない。

帰りのバスの中で、父に寄り添って歩いた時間をもう一度思い返して味わった。

わたしが幼かった頃、両親もきっと歩幅を合わせてくれた瞬間があっただろう。そう思うとそれだけで十分にも思えて、胸がいっぱいになった。

決着や白黒つけることよりも、生きる時間そのものがなにより尊い。

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コメント1件

別の記事で父とコラボ制作したハートのイラストをヘッダーに使っていただき、あたたかいコメントまでありがとうございました。おかげでお父様との味わい深い夕飯のお話を読むことができました。和風ハンバーグにじんわり、きました。
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