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雪は解けなかった

わたしは雪深い土地に生まれた。

生まれたのは雪解けの季節。わたしは、街の上に分厚く降り積もった雪が解け始める頃にひとつ歳をとる。

記録的な暖冬だった九歳の冬。雪はほとんど降らなかった。降ったとしても積もらなかった。たまに降る雪は、風に飛ばされるか、地面に染み込むかしてすぐに消えた。

雪のない冬を大人たちは喜んでいた。街の老人はひとりも屋根から落ちなかった。

子どもたちは不満だった。スキーの授業がなくなった。昼休みの雪合戦はドッジボールになった。

わたしは不安だった。雪が解けなければ誕生日が来ない気がしていた。誕生日が来なければ春も来ないものと思っていた。解けるはずの雪は一欠片もなかった。

十歳の誕生日に街の公園で桜が咲いた。気の早い桜は風に吹かれてすぐに散った。地面を埋め尽くすほどの花びらは、雪に見えなくもなかった。

その年、雪は解けなかった。わたしはひとつ歳を重ね、季節は春になった。

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