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消えた産着と消えない”痛み”

小川洋子氏、堀江敏幸氏の2人が描く、元恋人たちの書簡小説を読み終えました。

かつて愛し合い、今は離ればなれに生きる「私」と「ぼく」。失われた日記、優しいじゃんけん、湖上の会話…そして二人を隔てた、取りかえしのつかない出来事。14通の手紙に編み込まれた哀しい秘密にどこであなたは気づくでしょうか。届くはずのない光を綴る、奇跡のような物語。(「BOOK」データベースより)

昨日、大きな決断をひとつしました。まぶたをずっと、閉じたままでいることに決めたのです。目覚めている間も、眠っている時と変わらず、ずっと、です。p7(1通目)
はじめてきみに出した手紙に架空の切手を描いて貼ったことは、僕もよく覚えています。p27(二通目)

この物語は、筋肉を失う難病によってついには重力に逆らって瞼を開くことさえ維持できなくなった「わたし」、子供のころに、伝説の昼蛍を観察したいがために木々の中をさまよい松の枝の一撃で片目の視力を失い、もうひとつの目の視力も劣化していく「ぼく」という今は離ればなれに生きる2人の手紙の交換で始まります。

消えた産着と消えない”痛み”

「わたし」が連れて行った湖で「ぼく」の姪っ子が溺れるという出来事により、「わたし」は流産をし、それをきっかけに2人は自然と別れたのだと暗に語られます。

あなたと私、どちらがカメでどちらが蝶でしょう。じゃんけんで決めましょうか。紙しか出さないあなたと、石しか出さない私のじゃんけんで。p270(十三通目)
ぼくたちはまだ、たがいに遠くにいて、たがいの殻を破れず、生まれる前の頼りない声を伝え合っているだけでしょうか。俗に言う愛なるものがすでに別れの準備であるなら、別れたあとに流れてくる空気にも、あたらしい愛が隠れているのでしょうか。p281(十四通目)

美しく見事な日本語が、ふたりの手紙という交流の中で結晶化している素敵な物語でした。


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