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バーのマスターの密かな楽しみ|Waltz For Debby

私だけだろうが、バーのマスターには密かな楽しみがある。

暇なときにいらした独り飲みの方に限定されるのだが、その方に似合いそうなテーマ・ソングを好き勝手に決めて、さりげなく流し、独り悦にいることなのだ。

先日もやってしまった。

開店して間もなく、数回お見かけしたチャーミングな女性が、いつも通り独りでご来店。

飲み物と一品を頼まれて、これもいつも通り静かに読書をされていた。

何を隠そう、これほどまでに印象が残っていたのは、彼女の面影が、二十歳になった孫に似ていたからなのだ。

口開けから数時間は暇な時間帯。

これは絶好のチャンスとばかり、あれやこれやと頭の中で曲を考えはじめた。

思い浮かんだ曲は【Waltz For Debby】

この曲はビル・エバンスが、幼い姪のデビイに捧げたとして名高い名曲で、同名のアルバムはモダン・ジャズの名盤紹介には必ず紹介されている。

早速、レコードに針を落とす。これがCDならばこの曲からはじめられるのだが、レコードではそうはいかない。

まずは1曲目の【My Foolish Heart】が静かに流れはじめる。

この曲も大好きなので、流れている間に、心を落ち着かせるためにも、お気に入りのネグローニなんぞを作ってみる。

このあたりも、バーのマスターの特権だろう。

出来上がった深紅のカクテルに口をつけたあたりで、お目当ての曲が流れだした。

曲に耳を傾けながら選択の可否を確かめる。

挙句『我ながらピッタリの選曲だな』などと、独り悦に入りながら、お馴染みさんで立て込んでくるまでのゆったりとした時間を過ごせれば、それはもうバーのマスター冥利みょうりに尽きるというものだ。

何度か来店いただいた際、いつもと同じ曲が流れはじめ、私がのんびりと1杯やっていたとしたら、それがあなたのテーマ・ソングかも知れません。

でも、間違っても『わたしのテーマ・ソングは?』などと訊かないでいただきたい。

これは、私の秘めたる楽しみなのだがら。

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