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ある夜のできごと|がんばれぇ~!

”成長は、背伸びの繰り返し” とも言われる。私にも、精一杯背伸びしていた時期があった。

まわりの方々には、さぞかし迷惑だっただろうと思っている。

それでも、皆さんが暖かな心で見守り、優しく包んでくださったお陰で、今の私があるのだと、心から感謝している。

できることならお礼を伝えたいのだが、残念かな皆さん鬼籍に入られていらっしゃるので、それも叶わない。

そんな私も、今では、見守る側になってしまった。

ある日のこと、二十歳を過ぎたばかりと思われる若いカップルがご来店された。当店には珍しい年代である。

「俺ってさぁ、バーボンは飲むんだけど、ウィスキーは飲まないんだ」
「へぇ~、じゃぁ、詳しいんだ、バーボン」
「ひと通りは飲んでるけどね」
「じゃぁ、ここに並んでるのは?」
「大体は飲んでるね」
「すごぉ~い!!」

彼を見つめる彼女の瞳には、お星様がきらめいている。

【私のつぶやき】:バーボンもウイスキーなんだけど。。。

「あそこに並んでる透明なお酒はなに?」
「ウォッカって奴さ。おまえなんかが飲んだら、ぶっ倒れちゃうぞ」
「強いんだ?」
「まっ、俺はガンガンいちゃうけどな」
「じゃ、どれにする?」
「今夜はやめとくよ。この後があるし。。。」
「やだぁ~」

【私のつぶやき】:やだぁ~、ジンもテキーラも並んでるんだけど~

「マスター!こいつ弱いんで軽いカクテル。俺はマスターお勧めのバーボン!」
「飲み方はどうされますか?」
「ハーフ・ロック」

彼女の瞳のお星様は、一段ときらめきを増している。

そんな彼女には、チョコミント味のグラスホッパーを作るとして、彼には何を選ぼうか。

私の好きな銘柄は決まっている。でも、いささか値が張るものばかりだ。

それなりの年齢の方なら、黙ってそれを出す。こちらも商売なのだし、私のお勧めなのだから。

でも、そこは見守らなければならない側の使命感がある。

あまりマイナー過ぎると彼もリアクションに苦労するだろうから、オーソドックスに【ワイルド・ターキー8年】にした。

「流石っ、マスター判ってるねぇ~」
「おいしいの、それ?」
「今まで飲んだ中で、一番ヤバイ、バーボンかな」

彼女のお星様は、すでに身体からだ全体に広がり、光り輝きだしている。

私は、かつての私のような彼に向かってエールを送りたくなってしまった。このキュートでチャーミングな彼女のためにも。

そして、心の中で『がんばれぇ~!』と小さく叫んだあと、正真正銘のお気に入りを、自分のグラスに注いだ。


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