木村さんと吉田さんの恋

木村さんがbar bossaに来店して、こんな話を始めた。

「林さん、僕、会社にすごく好きな女の子がいて。『おはよう』とかは前から言ってるし、2回くらいみんなで飲みに行ったこともあるんです。

林さんがよく『こんど食事にでも行きませんか、って言えば良いんですよ。よっぽど嫌いなタイプの男性じゃなけりゃ女性は食事くらいは行くみたいですよ。それで断られたら、貴方のことが生理的に嫌いなタイプなのか、今付き合っている男性がいるかです。断られた時は爽やかに、あ、そうですか。じゃあまた機会があればって答えて、男らしくあきらめて、おもいっきり落ち込めば良いんです。女性なんてたくさんいるから、また良い出会いがありますよ。そういう失恋が男をカッコ良くするんです』って書いてますよね。

あれ、もちろん意味はわかるんです。でもそんな突然、食事でもどうですか、なんてやっぱり言えなくて、まあちょっとづつ近づいていく作戦にしようかなって決めたんです」

「なるほど。そういう作戦って決めますよね。わかります」

「それで、とにかく気軽にLINEをやる仲になることを目標にしたんです」

「はいはい」

「で、今度、うちの部で結婚で退社する人がいるから、その人の送別会をすることになって、僕が幹事になるって宣言して、みんなの連絡先をもらうことにしたんです」

「うわあ、考えましたね」

「それで彼女、吉田さんって言うんですけど、LINEで自然にやりとりするようになって。会社のあの人、あの人と付き合ってるらしいよとか、そういう恋愛がらみの噂話なんかをLINEでするようになったんです」

「おお、順調ですね」

「それでこの間、思い切ってこういうLINEを送ってみたんです。

【うちの部の男性みんなが「吉田さんって可愛いよね。彼氏いるのかなあ」って噂してて、じゃあ僕が聞いておくよって言ってしまったんだけど、吉田さん、彼氏いるんですか?】

【ええ! みんなそんなこと言ってるんですか? 彼氏いないんですよ~】

(やった~!!)

【ええ、彼氏いないんですか? でも吉田さん、すごく可愛いからモテるんじゃないんですか?】

【ええ? 可愛くないし、全然モテないですよ】

【そんな謙遜しなくてもモテてるのわかってますよ。選びすぎなんじゃないんですか?】

【いや、ホントにモテないですよ。選ぶなんてとんでもないです】

【じゃあ吉田さんの好きなタイプってどんなタイプですか?】

【好きなタイプ? どうかなあ。仕事にすごく打ち込んでる人かなあ】

(ああ、僕はかなり仕事に打ち込んでると思われているだろうなあ…。うちの部でも成績良いの知ってるだろうしなあ)

【身長とかルックスとか好みはありますか?】

【身長は私より高ければ良いかなあ。私、167あるんです】

(よし、僕、168だからOKだ。いいぞいいぞ)

【あ、やっぱり結構高いんですね。でももう少し170くらいあるんだと思ってました。顔のこだわりとかあります? はっきり二重が良いとか、髪型はやっぱりお洒落な方が良いとか】

【顔ですか? そんなにこだわりないです。好きになった人が好きなタイプかもしれないです。すごい目が細い人と付き合ったこともあるし。でも髪は男なのにずっと触っている人いるじゃないですか。ああこの人すごい鏡見てるんだろうなあって人。あれは苦手ですかね。だったらおもいっきり短いボウズみたいな方がサッパリして好きです】

(やったあ。ボウズで細目で良いって、もしかして僕のこと言ってる?)

【やっぱり医者とか弁護士とかそういう人の方がタイプですか?】

【私、実家が自営業やってたんです。だからいつも安定していなくて、結婚する人は普通のサラリーマンが良いなあってずっと思ってるんです】

(やっぱり、これ僕のことだよね)

【合コンとか行ってないんですか? 吉田さん、すごく声とかかかりそうだし】

【合コン、私、苦手なんです。なんかすごく相手を値踏みする感じがあるじゃないですか。もう少し自然な出会い方が良いなあって思ってて】

【今、気になっている人とか好きな人とかはいるんですか?】

【秘密です】

【秘密って言うことはいるんですよね】

【ええ! するどい!】

【社内ですか?】

【ええ? そんなこと言ってないのに】

【いや、合コンとか嫌いなんだったらそうかなあって思って】

(これはもしかして吉田さんが好きなのは僕、でしょ。これは)

【そうかもしれないですね】

【その好きな男性は吉田さんの気持ちに気づいていると思いますか?】

【ええ、わかんないです。どうかなあ。気づいているかもしれないですね】

(やっぱり僕だ)

【おはようとかは言ってます?】

【言ってますよ】

【あの、僕、もし良ければ、吉田さんの力になりましょうか? その男性に上手に吉田さんが好きって伝えますよ。間に入りますよ】

【ええ、そんなあ。でも無理だと思いますよ。その人、私のこと全然好きじゃないと思うんです。なんかわかってるんです】

(やっぱり僕だ。そうだよな。僕がこうやって聞いてるってことは、まさか僕が吉田さんのことを好きだなんて思ってないよな。絶対にそうだ。吉田さんが好きな会社の人は僕だ)

【いや。男性ってわかんないですよ。結構シャイな人多いですし。もし良ければ教えてください】

【じゃあ、こうしませんか? 私の好きな人を教えるんで、木村さんの好きな女性を教えてください。これで交換にしましょう】

(やった。やっぱりそうだ。これは二人が好きって今、伝えあう。よし。よっしゃあ!)

【僕が好きな女性の名前ですか? 良いですよ。じゃあ先に吉田さんから教えてもらって良いですか?】

【じゃあ言いますね】

【はい】

(どうしよう。僕の名前が出たら、すごく驚いたフリをした方が良いよなあ。え、「僕がただただ片思いだと思ってました」って方が印象良いよなあ)

【私の好きな男性は坂田さんです。ほら隣の部の営業の人です。木村さん同期なんですよね。よく廊下で話してますよね】

(坂田…)

【ああ、坂田。あいつすごい良い奴ですよ。すごいオススメです。あいつ彼女いないですよ。あいつ、すごく良い奴です。うわあ、坂田ですか。あいつたぶん喜ぶと思いますよ。こんな可愛い吉田さんが好きって知ったらもう大騒ぎしますよ。今から予想できます】

【ホントですか? 彼女いないんですか? うわあ、なんか言っちゃったあ。木村さん、そういう誘導尋問うまいですね。私ひっかかっちゃいました。あ、木村さんが好きな女性の名前教えてもらえますか?】

【ああ。僕ですよね。あの、別に騙したわけじゃないんですけど、僕、今、好きな人いなくて。吉田さんが好きな人をどうしても応援したいなあって思って、それでなんか交換条件みたいに言ってしまって。ごめんなさい。でも悪気があったんじゃないんです。坂田と吉田さんのことは責任持ってくっつけます。これを交換条件にしてください。ごめんなさい】

【なんだあ。木村さん好きな人いないんですか。じゃあ好きな人出来たら教えてくださいね。私が間をとりもちますよ】

こんな結果になっちゃったんです」

「そうですかあ。苦しいですねえ。で、木村さん、どうしてんですか?」

「もちろん坂田に伝えましたよ。吉田さん、すごい可愛いから、『え、マジ? え、ホントに吉田さんが俺のこと好きなの? 俺、付き合う。絶対に付き合う。え、今から連絡して良い?』って言って、その日から二人付き合い始めました」

「そうですかあ。吉田さんとはその後はどうですか? 相変わらずLINEしてますよ。坂田と付き合い始めて幸せだって言ってます」

「なるほど」

「あんなLINE作戦なんてしないで、まず食事に誘えば良かったです。さあ、林さん、今日は飲みますよ」と木村さんは言って、ダブルのカイピリーニャをグッと飲み干した。

#小説 #超短編小説

僕のcakesの連載をまとめた恋愛本でてます。「ワイングラスのむこう側」http://goo.gl/P2k1VA

この記事は投げ銭制です。この後、オマケでどういう経緯でこの小説を考えたかをすごく短い文章で書いています。

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