バーの話

今、NYって誰もバーなんて行っていないという話を聞きました。

そして今は飲食店は「朝」らしいんです。

ご存知のように「今、NYでは」ということは、しばらくすると確実に東京にもその波はやってっくるんです。というかもう来てます。

マスコミ業界の人とかが「とりあえず朝まで飲む」みたいな習慣はほぼなくなってしまったように思います。

ただただ意味もなくアルコールを胃に流し込んで、取引先と仲良くなるって感じが本当に「なし」なんだと思います。

bar bossaを開店したのは1997年で、僕は27歳だったのですが、当初は店内で僕が最年少って瞬間ばかりだったんです。

そしてその頃、今の僕と同い年くらいだった常連のおじさまたちはみなさま定年退職をされています。

バーって行きますか?

僕の肌感覚だと、これを読んでくれている方の半分以上がバーに行ったことないし、これからも行かないのではないでしょうか。

もう暗いところでお酒を飲むという行為自体が時代じゃないんですよね。

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先日、悪い恋愛おじさん50歳が「20代の女の子に、『バーに連れていって下さい』って言われてるんだよね。どういうところが良いかなって考えてて」と仰っていました。

「あ、なるほど、バーって古典とか伝統芸能みたいな存在になったんだなあ」と理解できました。

例えば「歌舞伎って行ったことないんです。でも歌舞伎の人ってテレビによく出てるし、なんか世間を知っている大人の人たちは歌舞伎に行ってるみたいだし、でもチケットの取り方とか、着ていく服とかよくわかんないから、今度連れてってください」という構図と同じなんです。

「バーのシーン」って必ず映画やドラマに出てくるし、作家のエッセイなんかでも必ず「バーに○○さんと行った話」なんかが出てくるけど、でも実際にバーには行ったことないし、女の子の友達とはフラっと行けるような場所じゃないしって感じなのでしょう。

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先日、妻のオススメのあるバーに一緒に行ってみたところ、「え? ホントにここ21世紀の東京なの?」って思うくらい時間が止まっている古いバーでして、ああ、ここで口説かれた女性は何千人、いや何万人なんだろう、ここで喧嘩もあっただろうし、泣き出した人も数え切れないだろうなあ、って感じで、そのバーの壁やカウンターや棚の中に「物語」がびっしりとこびりついているんです。

で、僕がカルヴァドスのソーダ割りを飲んでいたら、隣で若いスーツの真面目そうな男性がバーテンダーから「ジン・トニックとジン・リッキーとジン・フィズの違い」を説明してもらっています。すごく「古典的なシーン」で驚いてしまいました。

そのスーツの彼とバーテンダーに「あの、もしかして僕を驚かそうとして、わざとバーっぽいシーンを演じていませんか?」って質問したくなっちゃいました。

ところでこの三つの違い、完璧に説明できる人、これを読んでる人の中で5%もいないと思います。

でもこれバーテンダー修行を始めたら、一番最初に覚える「基本中の基本」なんです。

そして昔、夜遊びしていた人たちは当然、全員その三つの違いをバーで学んだし、彼女や会社の部下なんかにその三つの違いをバーで説明したんです。

でも今は「ジンそのもの」が全くお洒落じゃないはずですし、その三つの違いなんて誰も興味がないと思います。

それなのに、カウンターでバーテンダーから「ジン・トニックとジン・リッキーとジン・フィズの違い」を説明してもらう若者がまだいたんだと思ってびっくりしたというわけです。

ちなみにこの三つの違いが気になったあなた、是非、検索なんてしないで、その足でバーに行ってみてください。そして、バーテンダーにその三つを順番に注文して、飲み終えて、味をはっきりと頭の中に記憶してから、「ジン・トニックとジン・リッキーとジン・フィズってどう違うんですか?」と質問してみてください。

たぶんすごく丁寧に説明してくれると思いますし、まるで映画の中の1シーンにいるような気持ちになれますよ。そしてあなたも、そのバーの、その夜の、「物語のひとつ」になれます。バーの物語はお客さまが作りますから。

というわけで、今日もバーでお待ちしております。

※先に言っておきますが、bar bossaではジン・フィズは作れません。

#コラム

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