バー・ムーン・ビーチ 桃太郎来店

今夜は桃太郎が来た。

私は桃太郎が注文したシーバス・リーガルのソーダ割りを作りながら、こう質問した。

「この辺でお勤めですか?」

「はい。この近くにNGOの事務所があってそこで働いているんです」

「何のNGOなんですか?」

「戦争で両親をなくした子供達を救う会というものです」

「どうしてまたそんなNGOで…」

「今日はお店もヒマそうなんで、マスター、聞いてもらえますか」と桃太郎はことわり、こんな話しを始めた。

「インターネットが一般家庭にも普及し始めた頃のことなんです。

まあみなさんも似たようなことをしたと思うんですが、僕も自分の名前を『桃太郎』って入れて検索してみたんですね。ええ、自分がどんな風に噂されているかってやっぱり気になるじゃないですか。

けっこう色んなページがヒットして僕もヒマだったから一つ一つ読んでみてたんです。そしたらある男の子が書いたブログに行き着いたんです。その子は鬼次郎っていう名前でどうやら鬼ヶ島の子供らしいんですね。

僕、それを読んで、もうどうしていいのかわからなくなって、とりあえずプリントアウトしてこうやって肌身離さず持ち歩いているんです。マスターもちょっと読んでみますか?」

【鬼次郎のブログ】

ある晴れた水曜日の午後のことでした。

僕は明日の遠足の準備をお母さんとしていました。

おやつはさっき友達の鬼吉と二人で近所の西友で買ってきました。先生はおやつは500円までと言っていたのに鬼吉は700円分も買っていました。たぶんバナナはおやつではなくお弁当の分にするつもりなんです。

僕はお母さんとお姉ちゃんの鬼美と3人で「鬼吉ってずるいよね」なんて話しをしました。

お姉ちゃんの鬼美は鬼ヶ島一番の美人でテレビや雑誌にも出たことがあります。とても優しいしお料理も上手で僕の自慢のお姉ちゃんです。

僕は遠足のしおりを見て忘れ物のないようにハンカチやレインコートなんかをリュックに詰めていました。

その時です。お父さんがものすごい表情で家に飛び込んできてこう言いました。

「桃太郎が来たぞ。母さん、金棒を出してくれ。おい、鬼次郎。お前は押入れの中に隠れていろ。鬼美。おまえはお風呂場の中だ。いいか二人とも。これからどんなことがあっても絶対に声を出さないってお父さんと約束できるな」

「うん、僕、絶対に何が起きても声を出さない。約束する」と言って僕は押入れの中に入りました。お姉ちゃんはお風呂場へと走りました。

押入れの隙間からのぞいているとお父さんが金棒を抱えているのが見えます。お父さんが金棒を持ったら「鬼に金棒」です。桃太郎なんかに負けるわけがありません。

家の外が騒がしくなってきました。桃太郎の一味です。

すると突然扉が開きキジが飛び込んできました。お父さんは隙を衝かれ、キジに目玉を潰されてしまいました。お母さんもキジに目玉を突付かれています。

すると次は犬が入ってきてお父さんの首に噛み付きました。お母さんは血が流れる目を押さえながら「痛い、痛い」と叫んでいます。お父さんの首からは血がすごくたくさん流れています。

そこに桃太郎が入ってきました。桃太郎は「鬼退治だ」とひとこと言って日本刀でお父さんとお母さんをバッサリと切ってしまいました。

その次はサルが入ってきてお父さんとお母さんが大切にしていた結婚当時の思い出の品物や家に代々伝わる宝物なんかを集めてまわりました。

そして、お風呂場の方からお姉ちゃんが「やめてー!!」と泣き叫ぶ声が聞こえました。サルが興奮した獣の声をあげています。押入れの隙間からははっきりとは見えませんが、どうやらお姉ちゃんがサルに服を脱がされて強姦されているようです。お姉ちゃんのすすり泣く声が聞こえてきます。

桃太郎がお姉ちゃんとサルに気付きました。桃太郎はサルに「こいつは街で高く売れるかもしれない。連れて行こう」と言い、お姉ちゃんを縄で縛り上げ外に連れ出しました。

僕はお父さんとの約束どおり押入れの中で声を出さずにじっと隠れていました。

桃太郎達が出て行ったあと、やっと僕は押入れから出て家の中を見渡しました。お父さんとお母さんは顔がわからなくなるくらいメチャメチャに刀で切られてたくさん血を流して死んでいました。

お母さんが何かを大事そうに抱えています。僕は「お母さんごめんね」と心の声で言って死んでいるお母さんの腕を開いてみました。

死んでいるお母さんが抱えていたものは僕の明日の遠足のリュックでした。遠足のしおりとおやつはお母さんの血でベトベトになっています。

お父さんに昔「男は何があっても泣いちゃいけない」って言われてたのに何故か僕の目からは涙がドンドンあふれてきました。

僕はこの日押入れの中から見たことを一生忘れません。そして大きくなったらいつかあの桃太郎を殺してやると心に誓いました。

 ※ 

これを読んだあと私と桃太郎は、青くて美しい地球を眺めながら、罪について、憎しみについて、ゆるしについて、そして鬼次郎が桃太郎を殺しに来たら、桃太郎はどう対応すべきかについて朝まで語り合った。


※この話、何度かアップしていてすいません。このムーン・ビーチ、いずれ絵本にならないかなと思って、まとめてるところです。

#小説

bar bossaに行ってみたいと思ってくれている方に「bar bossaってこんなお店です」という文章を書きました。 

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