ブスの恋の話

近くのテレビの制作会社で働いている、いつも明るくて元気な桃子さんが来店してこんな話を始めた。

「私、すごくブスじゃないですか。小さい頃、お母さんが『この子はピンクやスカートが似合わないから』っていうのを聞いてて、なんとなくわかってはいたんですけど、小学校になって男子にブスって言われるようになって、やっと自分は本物のブスなんだって自覚できるようになったんです。

世の中には美人について語られたネット記事や雑誌の特集はたくさんありますよね。和風美人とかキラキラ系とか美人ってホントみんなに語られるんです。

でもブスについて語られることってまずありません。ブスもたくさん種類があるはずなのに、『ブスはブス、以上』、なんです。

だから私、ブスについてとことん詳しくなろうと思ったんです。

いろんなブスを観察しました。林さんは興味ないと思いますが、世の中には本当にたくさんの種類のブスが存在します。

そして私は『明るいブスになる』って決めました。笑われても良いんです。あの子ブスだけど一緒にいると楽しいなあって思われるブスというのを自分で模索しました。

まず髪の毛は短くして色気は出さない。目なんて悪くないけどちょっと変わったメガネをかけてブスをごまかす。いつもジーンズにスニーカーで、でも清潔で元気そうな雰囲気を出す、って感じで、とにかく明るいブスを自分で作り上げました。

そして男の友達や美人の友達もたくさん出来ました。

それで終わりにしておけば良かったのですが、調子に乗ってずっと小さい頃から憧れていた『普通の恋愛』っていうのをしたくなったんです。

私だってヴァレンタインやクリスマスがあるのは知ってます。でも、私がそんなイベントに参加したり、興味があるような素振りをちょっとでも見せたらやっぱり痛いんです。

ブスが本気そうな高級チョコをあげたり、ブスとライトアップされたクリスマス・ツリーを見に行ったりするのって、ありえないんです。

でも私もやっぱり女の子だから、恋をしてみたかったんです。

それが私の間違いの始まりでした。男性は私を面白いとは思ってくれるのですが、まさか恋愛対象とは見てくれないんです。

そして田中さんという同僚を好きになりました。よくお昼に近所の牛丼屋にご飯を一緒に食べに行ったりするし、LINEもたまにやりとりがあるし、私にしてみればこんなに一人の男性と親しくしているなんて初めてのことでした。

私、とにかく田中さんに「好きです」って言おうって決めたんです。今、言わないと、たぶん私、こんなにブスだから一生、男の人に告白なんて出来ないって思ったんです。だからとにかく「好きです」言ってみよう、それでダメだったらもう一生恋はしないって決めました。

でも今までちゃんとした恋愛やデートなんてしたことないので、どうやって誘っていいのかわからないから、田中さんに『お疲れ飲み行きますか~!』ってお昼にLINEを送ったら『OKです!』って戻ってきました。

田中さん、絶対にお洒落なお店なんか知らないタイプだから、私が以前女友達の誕生会に使った小さいイタリアンを勝手に予約しておきました。いわゆる普通のOLさんがしているようなデートを一度で良いからしてみたかったんです。

それで会社を出たところで待ってたら、田中さんが来るなり『お疲れで~す! 俺が知ってる二度漬け禁止の立ち飲み屋で良い?』って言うので『いいっすねえ』って言っちゃったんです。

それで二人でとりあえず飲んでるときに、田中さんの携帯に電話がかかってきました。そしたら田中さん『うん、前に話していた桃子ちゃんといるからみんなでおいでよ』って言うんです。

そしたら10分後、田中さんの友達が3人やってきてみんなで『かんぱーい!』ってなっちゃいました。

私、いつものようにブスで面白い女でみんなを笑わせてたんですけど、今日は田中さんに告白しなきゃ告白しなきゃってずっと思ってて、で、みんなの前で、いつもの明るいブスのキャラを意識してこう言ってみたんです。

『私、ここで告白しま~す! 田中さんのことが大好きです!』

そしたらみんなが大爆笑したんです。こんなブスがまさか本気で告白しているなんて思わないんです。

でもここで妙にマジな奴になったらみんな引いちゃうじゃないですか。それでこう言いました。

『告白終わり~! 田中さんのリアクションなし~! 私、失恋しちゃいました。今日は飲むぞ~!』

それでみんなと乾杯しようとしたんですけど、みんながちょっと固まっているんです。そして一人がこう言いました。

『桃子ちゃん、田中のことを好きって本気なんでしょ。なんか飲んだ勢いで冗談っぽく言ったのかと思って、さっきは笑ってごめん。田中、今、彼女いないし、好きな人もいないよ。田中、よく桃子ちゃんのことを話しているから、結構、桃子ちゃんのこと気になってるはずだよ。俺たち、今から帰るから、もう一回田中に告白してみれば』

それで田中さんと二人きりになりました。

『田中さん、こんなブスが調子に乗って酔った勢いでごめんね。さっきのこと忘れて飲みなおそうか』

『桃子さん、さっきの言葉、酔った勢いだったの? 俺、すごく嬉しかったんだけど』

はい、以上ブスの私の恋の話でした」

僕は桃子さんにお代わりのメイカーズ・マークのソーダ割りを出しながら、こう言った。

「なんだ。うまくいったんじゃないですか。今度その田中さんと是非いっしょに来てくださいよ」

そして桃子さんは楽しそうにメイカーズ・マークのソーダ割りに口をつけた。

#小説 #超短編小説

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