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バー・ムーン・ビーチ 魔法のクレヨン

少し影のある美しい女性が来店した。

彼女はゴディバのチョコレート・リキュールをオン・ザ・ロックで注文した。

私は彼女の前にゴディバのオン・ザ・ロックを出すと、彼女は少し口につけ「ああ、美味しい。死ぬ前にこういうのもっと飲んでおけばよかった」と言った。

「え? 死ぬ前ですか?」

「はい。私、ついさっき死んでしまって、今、天国へと向かう途中なんです」

「そうですか」

そして彼女はこんな風に話し始めた。

「私がまだ小さい頃、病院のベッドで寝ている母がクレヨンを見せてこう言いました。

『もしあなたに困ったことがあったら、このクレヨンで絵を描きなさい。そしたらその絵があなたを助けてくれるから』

私は『じゃあ今から魔法使いの絵を描いてお母さんの病気を治してもらう』と言って絵を描き始めました。

でも、その絵が完成する前に母は息を引き取ってしまいました。

お葬式の日は一日中お花を描き続けたので、母が眠っている部屋はお花でいっぱいになりました。

小さい頃はまさかクレヨンに限りがあるなんて気がつかなかったので、私はちょっと困ったことがあると簡単に母のクレヨンを使いました。

遠足の日にはテルテル坊主を、学校に遅刻しそうな時は遅れた時計を、という風に私は様々な絵を描き困難を乗り越えてきました。

20才くらいになると大切な時だけに使おうと思ったのですが、恋愛のことはもちろん、友人とのトラブルやバイトの悩みなんかにも母のクレヨンを使ってしまいました。

そんなわけで結婚して娘が生まれた頃には、後もう一回描く分しかクレヨンは残ってませんでした。

そしてまだ娘は小さいのに、私は癌にかかり、あとわずかな命となりました。

病院のベッドで寝ていると娘が心配そうな顔で私を見ています。これから、この子に何にもしてやれないんだな、私の母もこんな気持ちだったんだなと考えていると、ひらめいたんです。

私は一回分だけ残った母のクレヨンで、娘のために魔法のクレヨンを描き、こう娘に言いました。

『もしあなたに困ったことがあったら、このクレヨンで絵を描きなさい。そしたらその絵があなたを助けてくれるから』

娘は泣いて、何かを言いましたが、私はそこで息をひきとりました」

そして彼女はゴディバのオン・ザ・ロックを飲み干した。

#小説

お酒やバーについての僕の本です。『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』 https://goo.gl/QGdp48

bar bossaに行ってみたいと思ってくれている方に「bar bossaってこんなお店です」という文章を書きました。 

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