北欧ミステリー『リガの犬たち』(刑事ヴァランダーシリーズ) ヘニング・マイケル著 2020.4.25
北欧ミステリー、スウェーデンのヘニング・マイケルによる刑事ヴァランダーシリーズ2作目です。田舎町の刑事ものとみたら大間違い。この作品のヴァランダーは、海を隔てたラトビアでスパイまがいの大活躍をします。
英BBCが、ケネス・ブラナー主演でTVシリーズ化した刑事ヴァランダーの『リガの犬たち』も観ましたが、小説の緊張感にはとうてい及びません。もちろんフィクションなのですが、小説のなかで事件が始まる1991年2月、という設定に意味があり、それを現代に移したら、面白さは半減します。
1991年12月にソ連が崩壊します。それに先立ち東欧諸国がこの年次々と独立、ラトビアも8月21日に独立を宣言し、9月6日にソ連がそれを承認します。まさにその独立前夜が、この小説の重要な時代背景なのです。
スウェーデン南部バルト海に沿うイースタの海岸に、スーツにネクタイの男ふたりの死体を乗せた救命ゴムボートが流れ着きます。遺留品をもとに外交ルートを通じて照会すると、ふたりはラトビア人である可能性が浮かびます。ラトビアから小柄でひどい近眼、ヘビースモーカーの捜査官リエバ大佐が派遣され、共同捜査が始まります。ヴァランダーはリエバ大佐の仕事ぶりに共感を持ち、同じ職業の仲間として、友情に近い感情をいだくのですが、…。
このシリーズの大きな魅力が、南部の町、イースタを舞台としたことでしょう。さまざまな災厄が海からやってきます。地図をみると、下に位置するのがデンマーク、コペンハーゲンはストックホルムよりも近く、海を隔てて東欧諸国は対岸です。事件は国内にとどまらず、ラトビアに飛び、さらに同国の独立運動にも関係していきます。
あとがきによれば、「ソ連の鉄のカーテンで他国との交流が遮られていたため、スウェーデン人にとってもバルト三国は久しく遠い存在だった。とくにスウェーデンは十六世紀から十七世紀にかけて、バルト諸国に覇権を伸ばし植民地化した歴史があるのだが、本書の中で三国の首都名さえ正しく言うことができないとヴァランダーが告白しているとおり、バルト海一つ挟んだだけなのにこれらの国々の現在の姿はほとんど知られていない様子である。」
この小説が発表されたのは1992年。本国スウェーデンではベストセラーになったと想像されます。遠くて近い国だったラトビアを知ることができた、とてもタイムリーな本だったろう、と思います。
リガの犬たち
著者ヘニング・マイケル
翻訳 柳沢 由実子
創元推理文庫(Kindle版)