ようこそコッツウォルズへ第8弾はSUACの同級生を
大学時代の集合住宅や商業施設の課題ではいつも建築はそれぞれが外に開かれていたいと考えていた。螺旋階段や非常階段を使って無理やり家同士を繋げようとしたり、人々が外側で行動を起こすように試行錯誤していたがこれといって名案は生まれなかった。
コッツウォルズのLower Slaughterに来るといつもそのことを思い出す。
暖炉に使うために乾燥させている薪
イギリス国旗
地植えされた植物や植木鉢、石垣に残す雑草
家の名前
窓ガラス越しに映る家具
家主の生活を豊かにするために配置されたものたちだが、すべてがよそ者の私の目に飛び込んでくる。
隣の家もその隣の家も。それらはひと繋がりになり村の景色がつくられる。
行動は内向きなのに、景色は外向きに開かれ、連続している、正に私の理想のデザインされていない美しいデザインだ。
そんな村を同級生に紹介しながら、いろんな話をした。
共通の友人が大学院生活の忙しさに参っていて、卒業できるのか、この先ずっと今の仕事なんじゃないかと本気で心配していたらしく、その話はロンドンに住んだら病むよという結論になった。
他にも印象的だった話がいつくかあり
コッツウォルズはもはや映画のセットのような現実離れしている雰囲気があるけど、オクスフォードは日常の延長線上にある
共通の友人がラジオで普通の格好してるやつが1番やばいと言っていた
が印象的だった。
最近暇な時はよくSNSを眺めているのだが、一括りにワーホリで来てる人と言っても色んな人がいる。
精神的に苦しんでる人
自慢が好きな人
仲間を見下す人
私のようにシンプルにイキってる人
こう並べてみると一見やばい人を並べているように見えるが、実はこれら以外の、要するに普通の発言しかしていない人を見たことが無いような気がしてきた。
一瞬ばかにした発言
普通の格好してるやつが1番やばい
は私たちの結論にしても良いかもしれない。
2024.07.14
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