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流刑囚の映画千夜一夜物語~第28回『アナイアレイション -全滅領域-』(’18 米、英)

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 私流刑囚がその時々で見た映画を紹介するコーナー。第228回『アナイアレイション -全滅領域-』(’18 米、英)。

本作の5点満点評価は…

コンセプト…4.5点
カメラワーク…4.5点
ビジュアル…5点
脚本…4.5点

総合評価…4.7点

 

 突如宇宙より飛来した「シマー」という謎の空間に潜入調査を行う女性科学者たちを描いた作品。素晴らしい傑作である。

 本作を見てまず想起するのはタルコフスキーの『惑星ソラリス』や『ストーカー』だろう。ラストシーンなどは『惑星ソラリス』そのものと言っていいし宇宙から異次元空間がやって来るという設定は『ストーカー』っぽい。また本作劇中において最初の異変の兆候である「コップの水」もやはり『ストーカー』を想起させる。

 またそれ以外にも浸水した屋内でワニ(のような何か)に襲われるシーンはトビー・フーパーの『悪魔の沼』を想起させるし調査隊の一人が他のメンバーを縄で拘束するのは『遊星からの物体X』のようだ。さらに人間と植物(あるいは菌類のような何か)が融合するのは『SF/ボディ・スナッチャー』のようでもあるし軍人ではなく科学者が主体となって決死隊を組むのは東宝特撮の『宇宙大戦争』や『妖星ゴラス』のようだ。このように本作はさまざまな映画的記憶を惹起させる作品でもある。

 そして何より本作において最も重要なのはその視覚効果であり、またそれが単なる「演出効果」に留まらず作品のストーリー、ひいてはテーマの根幹にまで関わってくるという点であろう。

 本作の視覚効果は端的に述べるならばLSDなどのサイケ系ドラッグの使用感に非常に近い。劇中のセリフでも説明されていた時間感覚の喪失などは言うまでもなく、カメラ(目)のピントが合わなくなったりかと思えば急にピッタリと合ったり、また色彩の鮮やかさ、そして何より個々の部分が全体となり、かと思えばそれがまた部分へと還元されていくあの感覚…。序盤では悪夢(バッドトリップ)であるかのように感じられるその効果は終盤には得も言われぬ陶酔感へと変わっていく。この感覚はぜひ読者の皆さんご自身で体験していただきたい。 

 さて、先にも述べたように本作におけるこうした「視覚効果」は単なる演出効果の枠に留まるものではない。一般的に「凡庸な(というか駄目)な映画」によくあるパターンとしては「視覚的演出として提示されたものを登場人物がセリフで説明する」というものが挙げられる。一方本作のような非凡な映画においては「視覚的に提示されたものが登場人物の説明セリフを凌駕する」。

 例えば本作のクライマックスにおいて「シマー」に侵食された心理学者が「私は全体の一部となっていく」的なセリフを発するが、観客はそのセリフが「偽」であることをすぐに理解する。何故なら彼女の身体はその直後光の粒子となって拡散し「普遍的な存在」へと再構成(変貌)していくからだ。しかしこれは単に「私という統一性」の「分裂」を意味するわけでもない。先にも述べたように部分は全体となり、またそれは部分へと還元されていく。

 これは哲学的に述べるならば「目的論の否定」だろう。つい先日も不見識な自民党の代議士が「種の保存のために~」などという戯言を抜かしたが我々は種の保存という「全体」の「ため」に存在しているのではなく我々の存在が結果として「種の保存」という「全体性」で認識されているに過ぎない。本作においても「シマー」の目的は明示されないがそもそもそれは存在しないということであろう。

 また本作においてはクライマックスからラストにかけての展開も非常に秀逸だ。クライマックスにおいてはこれまでのヨーロッパ映画のような展開から一転してアメリカ(ハリウッド映画)のような主人公の逆転劇が描かれる。しかしもちろんこれはフェイクであり、実際にはシマーの侵食を抑えられたとは言えないことがラストでは暗示される。しかし一つ興味深いのはこのラストシーンが必ずしも「バッドエンド」としては描かれていないということだ。そこでは(先にも挙げた『惑星ソラリス』のように)ある種の安堵感すら見て取ることができる。侵略者を撃退するハッピーエンドでもなく、また侵略を止めることのできないバッドエンドでもない、こうした終わり方はアメリカ映画における新しい流れと見ることもできるかもしれない。

 そして最後に、特に劇後半における劇伴の素晴らしさについても軽く触れておきたい。ポーティスヘッドのジェフ・バーロウが参加しているとのことであるがそれも納得だ。

 それにしても本作はその世界観の視覚的奥行きがとてつもない作品だ。見終わったばかりなのにまた見返したい、そう思わせるだけの魅力が確かに存在する。







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