見出し画像

Sânziànă, I Know You're There

サンジエネレは、ルーマニアの妖精の名前です。
美しい娘の姿で、人間を助けたり、いたずらをしたりします。

ルーマニアを旅した時、私は軽い気持ちで「日本の森も美しいよ。火山もあるよ。私と一緒についてきて、見物して回ったらどうだい」と呼びかけました。それ以来、さっきまでそこにあったものが失くなったり、またすぐ見つかったり、急いでいる時に限って自転車のタイヤの空気が抜けていたり、という事が毎日続きました。今も続いています。

私は「ははぁ、これは妖精のしわざだな。」と、すぐに気づいたので、サンジエネレの特徴、好きなもの、苦手なものなどをインターネットで調べて、対処しようと思いました。しかし、日本語はもちろん英語で書かれた情報もとても少なくて、役に立ちそうな手がかりはほとんど得られませんでした。

私も魔術を嗜むものとして意地もありますから、手がかりがないならないなりに、妖精のいたずらを封じ込める方法を考えました。こういう時に私が気をつけるのは、「なめられない」ということです。妖精は大きなちからを持つ、尊敬すべき存在ですが、それでも人間の世界では、人間の都合に合わせてもらわなければなりません。小さなこどもがいたずらをしたら、きちんと叱り、おとなとこどもの関係をはっきりとわからせる必要があります。

とはいえ、相手は妖精です。にんにくや十字架や呪文など、人間が考える「妖精をこらしめる方法」なんてものは、彼らにとっては、基本的にはどうってことないものです。妖精は人間がムキになるのが楽しくて、わざと調子を合わせて、怖がってみせるのです。いたずらはもちろん止みません。

ではどうするか。私は、妖精にいたずらされた時には、静かに「サンジエネレ、そこにいるのはわかっているよ」と唱えるようにしました。いたずら自体をとめることも、妖精を紐で縛ってこらしめることもできないなら、人間の威厳を込めて、こんなケチないたずらなどおれにはなんでもない、という顔をして、全部お見通しだ、と言ってやるのです。妖精は人間にかまって欲しくていたずらをするのですから、「そこにいるのはわかっているよ」と言ってあげることで、妖精もまた満足感が得られるのです。我ながらうまい方法だ、と思いました。

この方法を思いついて以来、私はなにかうまくいかないことがあったり、戸棚に頭をぶつけたり、どの靴下も片方しか見つからない時には、かならず「サンジエネレ、そこにいるのはわかっているよ」と唱えました。そうしたら、いたずらは次第に減っていくはずです。

しかし、正直なところ、いたずらは増えもしないけども、減っているようにも感じられませんでした。なぜだろう?と私は考え込んでしまいました。私の魔術理論的には、この呪文は完璧に効果を発揮するはずだ、という自信があります。何かがおかしい。わたしはルーマニアの友人からのメールを見直し、サンジエネレについてなにか見落としたヒントがないか、あらためて確かめることにしました。

答えはあっけなく見つかりました。彼が教えてくれた、古くから伝わるルーマニアの妖精の名前は、サンジエネレ(Sanzienele)ではなく、サンジアーナ(Sânziànă)だったのです。サンジエネレは、この妖精を讃える夏至のお祭りの名前でした。わたしはずっと、魔術師の威厳を込めて、ぜんぶお見通しだ、という顔をして、間違った名前を呼びかけていたのです。これでは、いたずらが止むはずもありません。ついでに、サンジアーナを正しい綴りで検索すると、インターネットで結構いろいろな情報が見つかりました。サンジアーナはとても美しく、プライドも高いとのことなので、名前を間違えられるのは我慢ならなかったのでしょう。これは、私は素直に非を認めなくてはなりません。

しかし、これでやっと、うんざりするようないたずらは止むはずです。ついさっき、正しい名前を見つけて、今これを書いているので、しばらく様子をみてみようと思います。

というわけで、冒頭の一文も訂正します。

サンジアーナは、ルーマニアの妖精の名前です。

https://en.wikipedia.org/wiki/Sânziană
https://traditionsacrosseurope.wordpress.com/2008/06/24/sanzienele-midsummer-day/
http://bangivanzabdul.net/archive_africa.html

Poetic Sorcery Issue I-VI, 2017
planetarybards.net