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【文化とアイデンティティ】フムスをめぐってヨルダン人とケンカした日

中東地域でよく食べられる「フムス」という料理をご存知でしょうか?

簡単にいうとひよこ豆を蒸して、つぶしてペースト状にした料理です。

中にタヒーニと呼ばれるゴマペーストを入れたり、オリーブオイルをかけたりもしますし、肉付きフムスとでも言いましょうか、お肉が上に乗ったものや、松の実がかかっているものなど、アレンジされたものもたくさんあります。

最近は、ビーガンフードとして、おしゃれなカフェでもよく見られるようになりました。

野菜のビーツを入れて、赤い色を付けたおしゃれアレンジフムスもあります。

社会人、はじめての給料日

学生の時、中東地域の学生(UAE、オマーン、ヨルダン、エジプト、サウジアラビア、イスラエル、パレスチナ、トルコ、イランなど)と交流をしたり、語学(ヘブライ語とアラビア語)をかじったりしたもんだから、気がつけば何度も中東地域に足を運んでいました。

バイト代を貯めて、航空券を買って、現地では友達や知人に頼ってふらふらと放浪したものです。

そんな私も大学を卒業して、就職をしました。
IT系ビジネスコンサルで、公共分野の案件に関わっていました。

一人でふらっと中東に行ってしまう娘だったので、両親にはさぞ心配をかけたと思います。

無事就職をして、初めてお給料というものをもらった私。

誕生日も近かったので、バースデイディナーも兼ねて、東京の江古田にあるイスラエルレストランに家族を招待しました。

アラブ料理じゃなく、イスラエル料理にしたわけ

東京都内には、パレスチナ料理、ヨルダン料理、トルコ料理、ペルシャ料理など、中東地域の料理を提供するレストランはいくつかあったのですが、イスラエルのレストラン(オーナーさんがイスラエル国籍の方だそう)にしたのには理由がありまして。

・お酒好きな一家なので、お酒が飲める(飲み放題がありました)
・都内のアラブ料理は高いところが多い(特に現地の価格を知っていると…)なか、江古田のお店は食べ放題がある
・実家から遠すぎない

とまあ、かなり現実的な理由で選びました。

「フムスはイスラエル料理じゃない」

レストラン自体もいい雰囲気のある所で(イスラエル人の友達が来た時や、学生団体の友達と集まった時などに何度か利用していました)、家族と楽しい時間を過ごし、何気なくその日のことをFacebookにポストしました。

「いいね」とともに、何人か友達がコメントをくれます。

日本語ができるイスラエル人の友達「いいね!イスラエル料理か。何を食べたの?」
私「おいしかったよ~。フムスとか定番のやつ

この私の返事が、ヨルダン人友達の逆鱗に触れたようでした。

パレスチナ系のヨルダン人(イスラエルの隣にあるヨルダンは、人口の約7割がパレスチナ系の方です)である彼。日本語を勉強していることもあり、ヨルダンに2回行った時には、いろいろな場所に連れて行ってくれました。今はドバイで働いているのですが、卒業旅行でUAEに行った時も、国内旅行に一緒に行った仲でした。

この日本語やりとりをみて、即座にメッセンジャーが来ました。

「フムスはイスラエル料理じゃない。知っているだろ?」
イスラエルは、パレスチナからなんでも奪っていく。土地も資源も。文化まで盗むなんて許せない

そこから話はもめにもめ、なんと5年ほど口をきかなくなってしまいました。
(やっと今年の私の誕生日に、彼の方からメッセージをくれて、久しぶりにビデオ通話ができました)

彼の家族は、イスラエルの建国によって、それまで住んでいた地を追われてしまったのです。

ヨルダンで出会った友達の中には、直接話したわけではないけれど、Facebookの出身地が、ヘブロンなどのパレスチナの地名になっている人が多いことは知っていました。

今思うと、イスラエルに行って、イスラエル人の友人ともやり取りをしていることを知った上で、私と仲良くしていた彼らの柔軟さには感謝しかないし(逆もしかりですが)、私もそれに少なからず気が付き、行き場のない罪悪感を感じていたことも事実です。


ヨルダンのパレスチナ人にとってのイスラエル

パレスチナにルーツがある人にとって「イスラエル」という言葉は、様々な感情を呼び起こすようです。

「ルーツがある」といっても、パレスチナ西岸地区で生まれてのちに、ヨルダンに越してきた人や、両親の代にヨルダンに来た人もいるので、記憶はかなり鮮明です。

彼らからすると、イスラエル・パレスチナで起こっていることは占領です。

イスラエル建国時、家を追われた人。
自治区としてグリーンラインが引かれたけれど、今でも「パレスチナ側」とされたエリアには「入植地」という形でユダヤ系の人が入植してきています。

パレスチナ自治区の中に、パレスチナ人の難民キャンプが多くありますが、彼らは今「イスラエル」として知られているエリアにかつて住んでいた人たち。中にはおいてきた家の鍵を、大事に保管している人もいます。
もちろん、彼らの家はもう残っていないでしょう。

パレスチナ西岸自治区に住んでいても、入植地の建設や、入植地同士をつなぐために道路によって、農地が土地が分断された方も多くいます。
自分の農地に行くために、道路を避けて大回りしなければならなかったり、直線距離で近くにいる親族の家に行くのに、時に何時間もかかったりしています。

"安全保障上の理由"で、道路が封鎖されたり、路上で突然検査されることも多いのです。(実際に私の短い滞在中も、道路が封鎖されたので大回りしたり、自治区内を移動する不便さを感じました)

アラビア語が話せる友達にバラータ難民キャンプ連れて行ってもらった際には、そこに住む人でイスラエル軍によって投獄された経験がある方が多いことに驚きました。

そこで会った同年代の男の子がこう言いました。
パレスチナにいる限り、結婚もしたくないし子どももいらない。ここには希望がないし、家族を不幸にするだけだから
彼自身も投獄されたことがあるそうです。(理由はわからないとのこと)
彼の家でアラビックコーヒーをいただきましたが、壁には大きな穴と、無数の銃弾の跡がありました。ある日、イスラエル軍がやってきて残していったものだそうです。

その時に彼とはSNSでつながって、なんとなく様子を追っていたのですが、何年か後にアメリカに渡った様子を上がった後、アカウント自体がなくなりました。


ヨルダンに移ったひとびとにも、それぞれのストーリーや、故郷に対する強い想いがあるのです。


フムスはイスラエル料理かパレスチナ料理か問題

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これは結構よく言われる話なのです。

フムスに限らず、同じくひよこ豆からつくる料理でファラフェルというものがあるのですが、そうした中東地域のアラブ系住人にも食べられる料理を、イスラエル料理として紹介される際に、論点となるのです。

では、そもそもイスラエル料理ってなんなんでしょう?

何人かのイスラエル人の友人に聞くと、やはりフムス、ファラフェル、そしてシュニッツェル、シャクシューカ…などなど出てきます。

フムスやファラフェルは、アラブ人もよく食べる料理ですし、シュニッツェルはオーストリアやドイツでよく食べられます。シャクシューカも、モロッコなど北アフリカの料理

どういうことかというと、イスラエルは戦後にできた新しい国。世界中に離散していたユダヤ人が集まっているので、それぞれがそれぞれの文化をもって集まっています。

なので、レバノン系ユダヤ人、アルジェリア系ユダヤ人、モロッコ系ユダヤ人など、アラブ諸国にルーツを持つ人もいるし、ホロコーストでもっとも迫害された東ヨーロッパのあたりから来た人もいます。
エルサレムに住んでいる友達は、ロシア系カザフスタン国籍のユダヤ人(ややこしい)でしたが、10代の時にイスラエル国籍をとり移住、家では毎日ロシア料理だと言います。

各地の文化が集まってできた文化なので、どこかの国や地域でも食べられているものが多いようなのです。

なかには、パレスチナの地にもともと住んでいたユダヤ系イスラエル人もいるわけで、彼に「そうするとイスラエル独自の、イスラエル料理はないの?」と聞くと「いや、そんなことはない。食べ物自体はそうかもしれないけど、食べ方をアレンジしてたり、そこから独自のものも生まれているよ」と。
彼は他の地域からイスラエルに移住してきた家の人ではないので、イスラエルこそが彼のアイデンティティなのです。

(ユダヤ教の安息日に食べるハッラーというパンやチョレミントなどが、ユダヤ系の食文化なんじゃないのかな?と思うのですが、イスラエル料理として聞いたときに、よく答えで聞くのはフムスとかのほうが多いんですよね)


文化はアイデンティティ

ヨルダン人の彼からメッセージをもらった時に、センシティブな問題があるのを理解しているのにも関わらず、軽々しく○○料理と言ってしまったことを反省しました。

たかが料理ではないか。

そうかもしれません。
ラーメンは日本料理なのでしょうか?中華そばともいうけれど、もともとは中華料理をアレンジしたものだけれど。
巻き寿司(日本)とキンパ(韓国)があるけど、どっちの料理かどうかは重要なのでしょうか。

料理を含め"文化"は、今現在引かれている国境と一致するなんてことはなくて、グラデーションになっていて、どこかしら共通点やつながりがあるものです。
そもそも文化はどこか特定の民族や国家の所有物なのでしょうか?

いろいろ考えましたが、一つの普遍的な解があるものではないのかもしれません。


文化は時に、その人のアイデンティティになります。
社会のマイノリティであったり、そのコミュニティの存続が危ぶまれる状況にある人たち(marginalized community, vulnerable people)にとって、文化や言語などはアイデンティティそのもの。その喪失は、アイデンティティの喪失なのかもしれません。

アメリカでは、「文化の盗用(Cultural Appropriation)」という言葉があります。
全ての文化に当てはまるものではなく、その盗用されるコミュニティ/グループがマイノリティであることがポイントになるのでしょう。(アメリカでは特にブラックカルチャーの使途に対して使われます。)


パレスチナの人々の想いも、イスラエルの人々の想いもあります。

友達に言われた言葉で心に強く残っているもの。
イスラエルやパレスチナのことをよく知らない日本人が言うのは仕方ないと思うけど、君が言うのはわけが違う。

パレスチナを題材に、フリージャーナリストとして活躍している方が言っていた言葉を思い出しました。

知ったものの責任だと思って活動している

その言葉は時に重く心にのしかかります。

知ったものして、彼の地で人々に出会ったものとして、共感力をもって生きたいと思いました。



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自分が何者かはわからないけど、言い訳せずに生きよう。 南アフリカ共和国のヨハネスブルグに住んでいます。 ※バックの写真はインド ✍https://charitsumo.com/member/ban📷https://www.instagram.com/byanb16/

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コメント (5)
イギリス系ユダヤ人のイスラエル人の友人はイスラエル料理なんてないって言ってたのに驚きました。強いて言えば”種無しパン”だけって。
表面上だけの話ですが、元のパレスチナ料理に各地の文化を取り入れて独自のアレンジをした中東風の料理がイスラエルなのかなーって思ったり。
イスラエル側に住むアラブ人(パレスチナ人)や占領地ゴラン高原ではもはやアイデンティティも失いつつあって見てられないので、わたしはパレスチナ料理を発信するようになりました。
コメントありがとうございます!
>きむらさん、わたしも記事にするまで、かなりの時間がかかりました。ありがとうございます。
>Sugaさん、種なしパンもそうですね。やはり共通する文化というと、ユダヤ教に関わるものなのかもしれません。ただすべてのユダヤ人がイスラエル人というわけでもないので、なかなか複雑ですよね。今ある地域の料理のアレンジ、たしかにそうなのかもしれません。
イスラエリアラブの方たちの立場も、聞くと心苦しくなりますね‥
活動拝見しました!素敵な取り組み、応援しています!
映画『判決、ふたつの希望』(アラビア語: قضية رقم ٢٣‎, フランス語: L'insulte)』2017、レバノン、を思い出しました。
料理。一つの文化の表れでもあるかな、とも思いますし、もちろんそこにはご指摘のように歴史やグローバル化による多様なものが混在し、独自のものを生みだしたり、類似のものであっても背後にあるものが違っていたり、共通のものがあったりと。
文化は固定的なものでもないし、誰かだけのものではないですものね。
既にお読みだと思いますが、平野健一郎(2000)『国際文化論』東大出版会、は何かのヒントになるかもしれませんね。
>cocoro薫風さん、コメントありがとうございます。書籍の紹介もありがとうございます。ぜひ日本帰国時に、目を通してみたいと思います!
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