見出し画像

チンコス不動産物語

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。



 薄暗いオフィスの壁にかけられた時計の針が8時を指すと同時に、スピーカーから大音量でヘヴィメタルが流れ始めた。


 あぁ、今日もまた始まる。


 この時間帯ほど、この会社に入ったことを後悔する瞬間はない。ヘヴィメタルはガンに効くらしいという社長の方針で始業と同時にオフィス全体に鳴り響く手筈だ。ガンの前に自分の痛風に効く音楽を探せばいいのに。まったく、狂ってる。


 ふと横を見ると営業同期のエビスが朝からパソコンにかぶりついている。姿勢をずらして画面を覗くと競馬の出走表だ。こいつは入社してから3年経つのにまだ宅建に合格してない。趣味の競馬で給料の何倍も儲けているらしく、毎日宅建の勉強をするふりをして競馬の研究に余念がない。学生時代に買ったという触れ込みのテキストは綺麗なまま机に置かれている。まったくイライラする。先週税務署にチンコロしたので時間の問題だろう。はよ捕まれ。 


 そもそも、たかがネットゲームの知り合いのつてで転職するなんてどうかしていた。当時新卒で入社した会社の上司とそりがあわず叱責される毎日。俺の忖度しない発言のせいか、職場でも完全に浮き始めメンタルを病んでいた。アルコールに逃げ場を求め、社会の下水と言われるストゼロを風呂であおる。日常に押しつぶされそうだった。完全にアル中だったが、そんなときに俺を救ってくれたのが、ネコと秘密三国志というしょぼくれたブラウザゲームだった。画面の向こう側の相手にだる絡みする快感。やめられなかった。そんなゲームの中でひときわ異彩を放っていたのが今の会社の社長チンコスだった。奇襲国を建国して暴れまわり、地蔵と言われながらも戦闘狂登録で好成績を残す。俺がやりたいことをすべてやってのける姿にいつしか憧れていた。オフ会でチンコスが当時店長として勤めていた居酒屋に突撃。憧れのチンコスは想像通りのイケメンで、テンションが上がり酒が進む。気づけば東京駅のコンコースで酔いつぶれて失禁してしまい、ゲーム仲間に介抱されていたなんてこともあった。

そんな折Twitterを眺めていると、チンコスが飲食の会社を辞め、親戚の不動産会社を継ぐことになったという報告を見た。ゲーム内では奇行を繰り返す変人のくせにリアルでは顔出しして超まともな実業してるITコンサルおじさんや、普段口だけでゲームでは役立たずのくせにAVのレビューばかりしてるおっさんたちもチンコスのチャレンジを応援していた。 チャンスだと思った。一般的に見れば新卒で大手金融というエリートコースにいるが、もはやそんなものに未練はなかった。気づいたらDMを送っていた。働かせて下さい、と。これが地獄の始まりだった。



「オザーッス!!!!」
そんなことを思い返していると、社長が出社してきた。

「地蔵ども~今日もやっとるかぁ~~??」
チンコス社長は社員のことを地蔵と呼ぶ。社名も大チンコス大リアルエステート。大を2回もつけるあたり、肥大した自意識が感じられる心底低俗な名前だ。


「社長!トイレの掃除終わってます!」
すると、最近転職してきてトイレ掃除課に配属された田西があわててトイレから飛び出してきた。

「舐めまわせるぐらいきれいにしときましたッ!」
「てめぇ舐めまわせる”ぐらい”って、実際に舐めまわしてねぇのかよ?」
「えっ?」
「てめぇが『チンコス大先生が使ったあとのトイレなら舐めろと言われれば舐めます。』って言うから採用してやったの覚えてねぇのかよ?」
彼も犠牲者の一人だ。入社前に宅建と簿記まで取って大阪からわざわざ転職してきたのに、まさかトイレを舐め掃除させられるとは思いもよらなかっただろう。大阪にいれば、週末はそばだかラーメンだか言う友人と趣味のカードゲームをして楽しく暮らせたのに。

「いや、それはまぁTwitterのノリで・・・」
「てめぇ、ノリもくそもあるかボケが!はよ舐めて綺麗にしてこいカス!」

「ひぃっ」

田西は慌ててトイレに戻っていった。
すぐにトイレから

「あかん!!会社で!珍棒が!あかん!珍棒、、、!」
と叫ぶ声が聞こえた。

彼が心を病んでやめていくのも時間の問題だろう。



「お世話になっております^^^^」
気づくと、受付に小太りでメガネをかけた男が立っていた。
「お世話になっております^^^^」
趣味の悪いうす紫のスーツに身を包んだ男。わが社の顧問弁護士を務める顔文字大先生だ。
「おお、顔文字先生!」
「お世話になっております^^^^」
「よく来てくれました。まぁ奥で打ち合わせしましょう。」
「お世話になっております^^^^」
なにが打ち合わせだ。競馬と麻雀の話しかしないくせに。
「お世話になっております^^^^」

それにしても、顔文字弁護士が「お世話になっております」以外の言葉を発するのを聞いたことがない。あれで弁護士をやれているのが不思議だが、彼もネットゲームで心を蝕まれたひとりなのだろう。

「お世話になっております^^^^」
「おい、高山!お茶出せお茶!」
「お世話になっております^^^^」

理系インテリのくせになぜかお茶汲みをさせられている高山が、奥の会議室にお茶を持っていくのが見えた。

「お世話になっております^^^^」

あぁ、今日も高田馬場の小さな不動産屋で俺の憂鬱な一日が始まった。

ここから先は

0字

¥ 10,000

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?