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#05.ジャケット・デザインの世界について語る(好きなものを好きなように語るシリーズ)

音楽の消費のされ方がサブスクリプションをはじめとした配信ベースとなっている今も、音楽作品におけるヴィジュアル・イメージってとても大切だと思うのです。

もう12年も前の話になりますが、『+81』誌のVOL.41にてフォー・テットがこんなことを言っていました。

「レコード会社がCDやレコードの代わりに、デジタルのファイルを売るようになって言ったら、デザインに対する意識はきっと薄れていくだろうね。ただ、マーケティングのためにはイメージが必要だろうから、彼らのお金の掛け方によって変化するのかもしれない」

実際のところ、イギリスにおける音楽セールスにおいてCDやレコードの売り上げはこの10年で63%の減少が見られていて、ストリーミング再生による利益が5年連続の増加が見られているとのこと。

でも、デジタル・ダウンロードが増えているかというとそうでもなく、ダウンロード販売もこの10年間で68%減少しています。代わりに、定額制のサービス含めストリーミング再生の増加により、この10年で音楽セールス全体は19.1%増加している・・

フィジカル、デジタル共に60%以上の売り上げが減少しているが音楽業界としてのセールスは増加している、この状況はパラダイム・シフトと言っても差し支えないのではないでしょうか。

さてそんな中で、SpotifyやBandcampなんかで発生している問題として膨大な量のアーカイヴを有しているが故にどこから手をつければ良いかわからない、という現象が起きていると耳にしたことがあります。そのような状況を踏まえつつ・・。

序)楽曲のヴィジュアル・イメージについて

冒頭で述べた通り、音楽に於けるヴィジュアル・イメージの(プロモーション的な)有用性については、楽曲リリースが配信ベースに大きく傾いた今でも健在かと思います。

というのも、アリストテレスが感情は任意の(彼の文脈では「演劇の」)構造の事実的・論理的構造を忘れないようにする働きがあると述べましたが、彼の言葉を言い換えるならば、

メラビアンの法則的に、人間が持つ「好意」などの感情はほとんどの場合、視覚から受け取った情報により決定されるからです。

私自身は「このアートワークのデザインをしているのは誰だろうか・・」という点も含め、そのアーティストのアルバムやシングルが気になるということはよくあります。

ただし、嘗てのジャケット・デザインというと、PILの『Metal Box』のメタル缶やマッシヴ・アタック『Singles 90/98』のように触れると手の熱により指の模様が浮き出るような、プロダクト・デザインそのものを視野に入れたものが多かった気がしますが、現代において「ヴィジュアル・イメージが大切」というのは少し意味が違います。

『+81』誌におけるフォー・テットのインタヴューで彼は「最近ではいかに魅力的なMySpaceやMVを作るかが、レコード・レーベルにとってカギになってきているね」と続いていましたが、例えば「YouTubeで再生数を稼げるようなPVを作っている」というShitkidのようなバンドも珍しくありません。

つまり、ヴィジュアル・デザインはスタティックな静止画、あるいは購入ベースのプロダクト・デザイン的アプローチではなく、動的コンテンツを重要視する動きにシフトしている・・。

このような瀬において、ジャケット(スリーヴ)・デザインはどこまで有効なのでしょうか?そもそも、配信ベースの場合、ちゃんとしたヴィジュアルすら用意されていないこともあります。

そのような状況も鑑みつつ、「アルバムジャケットについて語る」というのは一種のアナクロイスムなのではないか?と個人的に思わなくはないのです。

・・が、個人的にはアルバムのジャケットを含めてワクワクする音楽体験を含め、音楽の良さなのではないか?と思うところがあり、改めて、楽曲のヴィジュアル面に於けるデザインを担うアーティストについてお話ししてみようと思います。

★個人的に大好きなスリーヴ・デザインのアーティスト

【①Trevor Jackson】

Trevor Jacksonはロンドン出身のアーティストで、初期フォーテットのジャケットを始め印象的なアルバムジャケットのデザインを手がける傍ら、Output Recordings(Bite It! Recordings)というレーベルも運営し、自身もDJとして活躍するなど、マルチに活動しています。

デザインとして一番有名なのはSoulwax『Any Minute Now』の直線やドットを用いたアートワークではないでしょうか。

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これは錯視を利用したトリックで、均一に見えるドットや直線の大きさを少し変えることによってモチーフを浮き上がらせています。この種類の錯視は最近だと、WWFのパンダのジグザグした画像を「見えますか?」といったIlja Klemencovによる画像も有名ですよね。

錯視を利用したジャケットではアニマル・コレクティヴの『Merriweather Post Pavilion』などにも使われていましたが、うねうねと動く葉っぱのようなアートワークが彼らのサイケデリックな音楽を見事に表現していたのに対し、

『Any Minute Now』のジャケットはタイトルが隠し絵的に潜んでいるのにPCや掲載されるメディアによっては面が潰れてしまったりモアレが起きて狙った視覚効果が出ない可能性もあり、一見するとただのドットや直線の並びに見えます。

ともすれば正しいメッセージが読み取れない可能性もあり、なかなか挑戦的ですが、「一方通行ではないリスナーとのコミュニケーションを取る」というコンセプトで作られたとのことですが、ぐっと凝視させた時に浮き出てくるメッセージのインパクトは大きいですし、彼のコンセプチュアルなアプローチは魅力的です。

彼の活動はパリの12Mail/Red Bull Space Galleryにて開催された個展「Yesterday, Today, Tomorrow, Forever」の写真の作品も印象的です。

ある部分はシャッターのような縦の溝、また別の部分では細胞か微生物の拡大図のような歪んだ何かが並んで写り込んでいたり、細かい塵のようなものも見える・・抽象的で、得体の知れない白黒写真でありながら、強烈なイメージを持っています。

自身が愛用してきたレコードの溝をマイクロスコープで撮影されたもの、と言われなければわかりませんが、ミニマルなアプローチを記号的に敷衍して違うメッセージを想起させる手法は面白いですよね。

【②Matthew Cooper】

フランツ・フェルディナンド『You Could Have It So Much Better』の女性がバンド名を叫んでいるようなジャケット(ロトチェンコのオマージュ)、アークティック・モンキーズ『Humbug』、Caribou『Swim』・・音楽好きな方であれば、Matthew Cooperのデザインしたアルバムを見たことがある方も多いのではないでしょうか?

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コンセプチュアルかつ一度目にしたら忘れられない強烈なインパクトを持つ彼の作品は、しばし写真家であるJason Evansとコラボレーションをしつつ、写真や記号、文字、あるいは色面などを効果的に使ったコラージュの作品が多く、一見グラフィティデザイン的でありながら、

アレクサンドル・ロトチェンコなどロシア構成主義のアーティストによるタイポグラフィ+写真のイメージやロバート・ラウシェンバーグのヴィジュアルイメージ、あるいはクルト・シュヴィッタースの色面によるコラージュ的アプローチ、サイ・トゥオンブリの線を用いたアブストラクトな絵画など、多くの現代アーティストが参照点として挙げられています。

また、彼自身が意識しているように、ヴィジュアル・イメージに加えアーティストの名前やアルバムタイトルをわかりやすくレイアウトするデザインのものが多く、一見して作品を判別できる明瞭さも彼の魅力であるような気がします。

【③Collin Fletcher】

元々はフライヤーのデザインを主に行なっていたそうで、写真やイラストレーションをしばしランダムに配置しつつ、視認性の低いギリギリのところで文字を配置する(文字がしばしば読みづらいレイアウトになっている)など、ソリッドなデザインが特徴です。

色々と謎の多い方ではありますが、ウィッチハウスやアンダーグラウンドのシーンがお好きな方はご存知かもしれません。直近はToy『Songs of Consumption』のアートワークが有名でしょうか。

【④Stanley Donwood】

UKはエセックス出身のアーティスト。Stanley Donwoodとはペンネームのようなもので、本名はDan Rickwood・・彼の名前は知らずとも、レディオヘッドのアートワークを手がけているアーティストと言われれば、誰しもハッとする・・はずです。

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トム・ヨークがエクセター大学で英文学と美術を学んでいたことは有名だと思いますが、Stanley Donwoodも同じくエクセター大学で英文学と美術を学んでいました。

彼は『Amnesiac』に於ける泣いているミノタウロスであったり、『Hail to The Thief』に於ける人間の居住空間的な区画を彷彿させるモチーフに「FEAR」「POOR」「ANTI」などの文字が入っていたり(Paula Scherに影響を受けている)、しばし文字や単語、あるいは文章などを用いつつ、象徴的なヴィジュアル・イメージと共に非常に示唆的でメッセージ性の強いアートワークを作成しています。

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しばしば増植、テクノロジーの進歩とそれによる侵略、あるいはテクノロジー的なものへの嫌悪などをシニカルに表現する彼の作品は、「Post-Apocalyptic」と称されます。人類が滅びた後の世界のような、あるいは何かの悪夢のような・・レディオヘッドという文脈を抜きにしても、初めて観た人間に恐怖を与えるのではないでしょうか。

⑤個人的に好きなアルバム・ジャケット18選

自分が所有している作品でも、好きなデザインのものを幾つかピックアップしてみました。

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トータスの『TNT』だったり、個人的にはThe Spinto BandやLet's Wrestleに見られるようなローテクなドローイングのものが好きで、ダニエル・ジョンストン的なチープさのジャケットを見かけるとどうしても好きになってしまいます・・。

今はあまりありませんが、Dreamend『The Long Forgotten Friend』の菅原みちるさんや、Kisses『The Heart Of The Nightlife』の100%オレンジのように、日本限定盤のアートワークも、そのアルバムに付加価値を与える要素の一つかなあ、と個人的には思います。

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また、Cluster『Curiosm』、Actress『Splazsh』、あるいはOval『Ovalprocess』のように主に電子音楽のアーティストに見られるアブストラクトなジャケット・デザインもとても好みです。

総括するとなんだか脈絡がないように見えますね。

あとがき

というわけで楽曲リリースにおけるジャケット・デザインは有効か?という話については、そのアルバムをアイデンティファイできる強烈な個性を放つジャケット・デザインは今でも有効なのではないか?と一つの仮定に対し、

個人的な研究ではあまりその有用性についての証明がうまくできている自信がないのですが、ただ、人の目を引くジャケット・デザインは、しばしばその音楽を特別な存在にするのではないか?と思うのです。

これもやはりアリストテレス的に、感情的に好きになったものは記憶をしやすい、という一種のバイアスかもしれないのですけれど・・

ジャケットをデザインするにあたって、ほとんどのアーティストは「楽曲のイメージを損なわないもの」を作成しているようです。

つまり、一つの音楽を体験するにあたって、もちろん素晴らしい音楽は第一としても、そのヴィジュアル面も含めて一つの音楽として嗜む、そして、そのヴィジュアルはどのようなものなのかを嗜む・・それも一興なのではないでしょうか。


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