なぜ独学で勉強しても司法試験に受からないのか(3)
コロナウイルス感染拡大で営業縮小中ですが、そんな中でもやることはあるもので、休日の夜という落ち着いた時間ですし、幾つか「スキ」も頂いているようなので、続きを書いてみます。
さて、この「なぜ独学で〜」で、今まで述べてきたことの要点は、
1.司法試験に合格するには、裁判(=ルールに事実を当てはめ、そのルールが定めた効果が発生するかどうかを判定すること)のプロセスへの理解が求めらている
2.憲法は、1番最後に勉強したほうがいい
というものでした。
今日は「最初に勉強したほうがいい」科目について述べてみたいと思います。
<一番最初に勉強したほうがいい科目は民法+要件事実>
結論から言ってしまうと、一番最初に勉強したほうがいい科目は「民法」です。
正確に言うと、民法を学びながら、「要件事実論」という考え方を一緒に身につけるべきだと思っています。
民法を勉強するとなると、パンデクテン方式に乗っ取り、「人」から始まり、信玄公旗掛松事件で信義則などを勉強したあと、おろむろに「意思表示」という項目で錯誤や詐欺について学ぶ…というのがだいたいのパターンだと思いますが、そういうやり方をしてはいけません。
これはあとで詳しく述べるとして、まず要件事実論とは何なのか、という話からしたいと思います。
<要件事実とはどんなものか>
要件事実という言葉があります。「一定の法律効果が発生するために必要な具体的事実」のことです。
この、要件事実を軸にして、裁判でどんな事実を主張立証していくのかを考えていく方法論が、要件事実論と言われるものです。
司法制度改革が行われ、法科大学院ができる前は、要件事実論についてきちんと学ぶのは、司法研修所に入ってからだったと言われています。つまり、司法試験を受験するにあたっては、要件事実論を学ぶ必要はないとされていました。
当然のことながら、受験生も、普通は要件事実論を知らずに「法律の勉強」をしていました。僕も、この言葉を聞いたのは、予備試験で民事実務基礎という科目が出ることになり、対策しようと辰已法律研究所の速習講座を受けたときです(東京弁護士会の稲村晃伸弁護士がとても良い解説をしてくださいました。稲村先生、通信受講でしたがありがとうございました。)。
そしいて、旧司法試験を受験していた当時を振り返る時、僕はいつも要件事実論を勉強しなかったことを強く後悔するのです。なぜなら、
「要件事実論は、論文式の答案を書く方法そのもの」
だからです。
まあ、このへんは、新司法試験の問題を見ると必ずしもそうは言い切れないところがあるのですが、法律問題を考えるときに、要件事実論が有効だということは自身を持って言えます。
そうなると、俄然要件事実論の内容が気になってくると思いますが、詳しい話は『問題研究要件事実』(法曹会。「問研」とよく略されます。)や、『完全講義・民事裁判実務の基礎 入門編』(大島眞一・民事法研究会)という優れた解説書があるので、そちらを参照して下るほうがよいと思います。ここでは、僕が仕事をやっている上でいつも使っている大雑把なことだけ述べます。
抽象論だと論じにくいので、具体的な例を出します。多分、これをご自身で説明できるくらいになれば、上の2冊の本を読んでも苦労しないと思います。
(設例)
鈴木さんという男性が、2020年4月1日錆びた天秤法律事務所の手美須弁護士のところに相談に来ました。
鈴木「佐藤さんという女性にこの間の2月22日、月末までに返すという約束をしてもらって150万円貸しました。まだ返してもらっていないので、どうしたらよいでしょうか。」
(設例以上)
さて、これをきいたとき、いわゆる法律実務家なら何を考えるでしょうか。
借用書の有無ですか?
それも大事だと思いますが、証拠の話は正直二の次です(多分、このへんは民訴のところで詳しくお話していきます。)。
それよりも大事なのは、「鈴木さんは佐藤さんに対して150万円を返すよう求めたいようだが、その根拠はなんだろう」ということです。
鈴木さんは「貸した」と言っているので、消費貸借契約ですね。
そこで、消費貸借契約について定めた民法の587条を見てみましょう。
「消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。」
となっています。
もっと簡単に言うと「消費貸借は、①ある物を返す約束をし、②その物を受け取ることで成立する」ということです。
(最近、法改正があり、587条の2という条文で、上記②がなくても契約が成立することがありますが、ここでは置いておきます)
また、はっきりと書いてあるわけではないですが、「返す約束」をしているということは、その裏返しとして、貸した側には「返せ」という権利(返還請求権)が、借りた側には「返さなければならない」という義務(返還債務)が発生しています。
鈴木さんは、①「返す約束で」と言っていて、②150万円というお金を貸しているので、この点は問題なさそうです。設例では、鈴木さんと佐藤さんの間に消費貸借契約が成立し、鈴木さんには佐藤さんに対し150万円の返還を求める権利が生まれているだろうと言えます(「生まれている」と断言しない理由は、今後の投稿でわかってきます。)。
上で挙げた①②は、要件(法律要件)と言われるもので、その要件に当てはまる事実が存在すれば、その条文が定めた効果(法律効果)が発生します。
これを、裁判所に持っていたときどうなるかということに引き直すと、「裁判所が、要件に当てはまる事実が存在すると判断した場合、条文の定めに従って発生する権利を実現してくれる」ということになります。
これが、要件事実論です。
<何度も落ちる受験生がやること>
こういうことを書くと、「そんなの当たり前だろ」と思うかもしれませんが、何度も何度も論文試験に落ちるような受験生は、この辺の話をちゃんと理解し身につけていません。
落ちる受験生は、設例のような事例を読むと、すぐに、
「どこかに論点がないか?」
と考えます。
別に現役の弁護士が、法律上の論点(争点という方がよいかもしれません。)なんてどうでもいいと思っているわけではありません。
しかし、論点というのはあくまで、実際に依頼を受けたり相談をした人、設例でいえば鈴木さんの権利を実現できるかどうかを、上に挙げたような、ごくごく基本的な条文の要件に当てはめて考えていくときに、ひっかかりを感じたら検討するものでしかないのです。
どうして論点を探してしまうのかと言うと、論文式の試験(特に、旧司法試験のそれ)では、明らかに論点に言及しないと解答できない問題が出題され、予備校や学者もそれについて詳細に解説することが普通になってしまっているからです。
昭和50年代以降の旧司法試験の民法の論文試験では、よく「甲乙丙の法律関係を述べよ。」というような設問が出てきました。僕は、旧試験の受験生だった当時、これをどうやって解くか、全く分かりませんでした。
一応、矢印を使って図を書いたりして、いろいろ考えるですがそれでもよく分かりません。どこが論点になっているのか見当もつきません。
しょうがなく、予備校の作った解答例を見ると、論点名が出ていて、答案の該当箇所が太字になっているので、その部分を丸覚えにしていました。
そういうものを書けば点が取れると思っていたのですが、この「作業」をいくらやっても問題が解けるようになりませんでした。
今思えば、「法律関係」と聞かれたら、誰の誰に対する請求権が発生しているか(物や金をよこせと言えるか)ということだったのですが、当時は論点抽出に夢中で、そんなことは思いつきもしませんでした。
皮肉なもので、論点を探そうと思って問題文に線を引いたり図を書いたりすると、かえって論点がどこだかわからなくなります。
そうではなくて、「甲が乙に対してどんな条文に基づいて何を請求できるか」という風に設問を読み替えて、一つ一つ条文に沿って要件事実を検討していけばよかったのです。
実は、今回設例で出てきたのは、要件事実論でいうと「訴訟物」と「請求原因」という最初の一歩でしかありません。まだ続きがあるので、鈴木さんと佐藤さんには引き続きご登場願うことにしたいと思います。
日付も変わってしまったので、続きは(4)でお話したいと思います。それでは皆さんさようなら。
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