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【エッセイ】猫トイレ一本勝負

首を気持ち長めにして待っていたおれは、いざそれが届くともういてもたってもいられず、やりかけのタスクを放擲してハサミを手に取り、巨大なアマゾーンの箱を野蛮人になったつもりで切り開いた。

きた。きたきたきた。白いかまくら風のいでたちの、新しい猫トイレが。

さっそくそいつを箱から取り出し、ピクトグラムのような絵だけの説明書を見ながら組み立てる。そして一連の淀みない動きでもって、新しい猫トイレの中に猫砂を敷き詰めた。

これで準備は整った。あとは待つだけ。神に祈るだけだ。

猫グッズの購入とは、これすべてギャンブルである。おもちゃもそう。砂もそう。トイレもそう。猫たちは知らない。関心がない。それらの品を手に入れるため、ニンゲンが血の滲むような思いで銭を稼いでいることも、宇宙誕生の謎に挑むがごとき集中力でもって、茫漠たるネットの海の中から最安値のサイトを探し出していることも。

猫トイレの設置を終えて人心地ついたおれは、デスクに戻ってパソコンに向き直り、いつものおれですみたいな感じでキーボードをカタカタ叩き始めた。これは駆け引きなのだ。特に新しい猫トイレを設置した場合などは、猫に「ふだんと何か違う」と気取られてはいけない。あの人たちは警戒心がすごいため、慣れ親しんだ空気の中に“人間の意図”みたいな雑味──ここでは“猫ちゃんに新しいトイレを使ってほしい”という切なる思い──が少しでも混じっていると、それを敏感に察知する。

そうなれば、新しい猫トイレを使ってもらえなくなるリスクが爆上がりする。

その一方で、好奇心が強いことも猫の特徴だ。なので新しい何かが身近に投入されると、最低一度はチェックを入れずにはいられない。

案の定、しばらくおれがパソコンに向かって普段のおれの振りをしていると、突如として生活圏内に現れた謎の物体に気づいたコロ沢(猫)が、警戒した足取りでそろそろとそれに歩み寄っていった。おれはあくまで平時を装いながら、油の差さってない機械みたいにギシギシと首を後ろへ捻り、視界の隅っこでコロ沢を捉えた。

コロ沢はちょうどくんくんと、白い物体のにおいをかいでいた。そして、とりあえず敵ではないと分かったのか、床から少し上にずらして設けられた入口に首を突っ込み、中の様子を確かめ始めた。

おれはつらい角度に曲げられた首に痛みを覚えつつ、全力で息を殺しながら、コロ沢の一挙手一投足を見守っていた。なにしろ空気を変えたら負けなのだ。

そのうちコロ沢はすべて異常なしと結論づけ、ついに猫トイレの中へと入っていった。続けて、白いかまくらの中から、砂をさくさくと踏みしだく音が、さらに砂をかくような音が聞こえた。

それから、した。

滝が勢いよく流れるような放尿の音と共に、おれは首の緊張を解き、両腕をだらりと脇へ垂らして、「ふう」と安堵のため息をついた。

そんなニンゲンの思いなど露知らず、コロ沢がかまくらの中からぴょんと飛び出してきた。

すげえいい顔をしていた。

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寄稿ライターさんの他のお仕事も。人気ライトノベル作家の蛙田アメコさんが、柳ヶ瀬文月の名義で執筆した落語小説『お師匠様、出番です!』が、第11回日本歴史時代作家協会賞・文庫書き下ろし新人賞の候補作にノミネートされたそうです!すごい!

最後に編集長の翻訳ジョブを。夏にぴったりのホラーアドベンチャー『ザ・コーマ2』(PS4/Switch/Xbox)はいかがでしょうか。本作、自分で言うのも何ですが翻訳もけっこう気に入っております(笑)

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