見出し画像

伊藤さんとの対談<前編>を、セルフリテラシーで振り返ってみる

伊藤さん(asobot)との対談『シニアと若者-異世代のコミュニケーションはできるのか? <前編>』の中で、何度もでてきたキーワード「セルフリテラシー(自分を読み解く力)」について、もう少し考えてみようと思います。

誰しも、自分の『思考・感覚・感情』と、アウトプットとしての『言葉・態度』等とはギャップがあって、自分自身のことであるのに、そのギャップを捉えることはとても難しいという話をしました。

自分自身のギャップにすら気づくことが難しいのに、さらに他人を理解するのは難しく、そこでコミュニケーションの齟齬が生まれるという話題でした。

対談では抽象的だったので、わかりやすい例をあげると、小学生のときドキドキの意味がわからずに好きな子に意地悪な態度で接してしまった経験をお持ちであれば、まさにあれです。

妻が風邪で寝込んでいて本当は心配なのに「お昼ご飯はどうする?(大変ならコンビニで買ってくるし、無理しないでね)」と、肝心なところを言葉足らずにしてしまう、あれです。多分、それにイライラしている妻も、普段ギャップをもって夫に接しているでしょう。

攻撃的な人が、実は寂しい心をもっていたり、自信がなかったりする、あれです。

伊藤さん曰く、「みんながそれぞれセルフリテラシーを意識していたら、つまり、『自分自身も偏っている』と認識できていたら、コミュニケーションってもっとスムーズなのでは?」ということでしたが、自分の中のギャップを埋めることは容易ではありません。

先の3つの例は分かりやすい例なので、本来は日々こうしたギャップがあちこちに生まれています。

誰かとの会話の中で、イラっとか、チクっとか、そんな風に心が動く瞬間って、多分ギャップがあるということに気づいた瞬間だと私は思っています。

その感情をそのまま捉えてしまうと、「この人、嫌だ(もしくは好きだ)」「私とは合わないな」とすぐに結論をつけてしまいがちです。

そんなときは、白黒をつけるのではなく、グレーのままにして「この人にはこんな背景があったな」「もしかして何かあったのかな?」と、想像する癖をつけることが重要な気がしています。

グレーのままにするって気持ち悪いし、思考が疲れるので面倒ですよね。世の中の様々な”グラデーション”が嫌いな人が多いことも理解できます。ただ、こういうグレーを経たあとで回答を出すのと、ギャップに気づかずに、あるいは気づいたけれどそれについて目をつぶって白黒をつけるのとでは、大きな差があります。

とは言え、一方で「この人私をほめているけど、何か裏があるんじゃないの?」とか、「快諾してくれたけど、本当は嫌なんじゃないの?」とか、相手の言葉を疑ってしまうときに、あえてそれ以上は考えないように思考を停止させることもあったりします。

本来なら思考停止せずに、さらに相手とコミュニケーションをとって、違和感を埋めるのがいいのでしょうけれど。

ちなみに、対談ではカットしてしまいましたが、伊藤さんはこのセルフリテラシーを高めるため、要するに、自分の中の偏りをできるだけゼロに近づけるために毎晩「瞑想」をしているそうです。

ともかく、伊藤さんでも毎晩瞑想するくらい、自己認識というのは難しいものということに改めて気づいた対談でした。

対談の<後半>もお楽しみに。

BABA白書 今までの対談一覧
https://www.baba-lab.net/ikikataconvol03

BABAlab 代表 桑原静
https://www.baba-lab.net/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?