zatsunenn

カールバラーのソロアルバムを聴き返した。ピアノの弾き語り風の曲。出だしのピアノが流れるだけでーーリバーブーー暗い小さな部屋、しかし夜空の星が見えるーーキラキラ鳴る音、何かインパクトーー優しい歌、傍にいる人に聴かせるように、そこに誰もいないかのようにーー。

リバティーンズのTell the kingを聴き返した。ギターの高音から下がっていくパート、それからふらふらと地面に降り立ち、おそらく二日酔いかドラッグの酩酊後の朝、世間からは大分取り残されて。

自分の現状を省みた。
確実に地場が固まってきていて、安定を感じている。
さらなる安定のためにマイホームすら買おうか迷っている始末。
そうなれば余計に縛られることになるだろう。
どこに星空が見える小さなくらい部屋があるのか。
誰がそばで聴き耳を立ててくれているのか。
世間とは遠く離れた二日酔いの朝は来るのか。
そんなもの全部いらないだろうか。

何に迷っているのか。そんなにしがみつくものはなんなのか。
子供、家庭、仕事、つながり、つながりすぎて。
自分の姿がくっきり浮かび上がる。周りの目にさらされて。
浮かび上がる、それぞれの光の射線によって、穿たれる。
少しずつ削られ、磨かれ、取り除かれ、付け足され。
そんなに自分の姿を、見つめる必要があるのか。
そんなに自分とは何かわかっていなくてはいけないのか。
それらは自分のものでもないものを、それと抱え込まされているだけ。
うっちゃってやれ。平然としていろ。
どちらがおかしいか、そんなことにかかずらうな。

そうはいっても矛盾する気持ちと行動。行動はいつも答えのような顔をして、こちらを惑わせてくる。
気持ちすらいい加減なものだ。そういったいい加減なものに基盤を置いた社会、人波に飲まれて、溺れているとしてもみんなそうだとしか返ってこない。

救いはこれまで自分がため込んできたもの。積み上げてきた砂上の楼閣。象牙の塔。なんとでも言え。わかる人にはわかる、というのが結局みんながやっていることじゃないか。ただ世界が狭いだけ。お前の誰にでもわかる、はただお前の世界の狭さを物語っているだけ。
新曲。レコーディングにしかない。それしかない。結局は。

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