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甘い毒~米沢穂信さん、『儚い羊たちの祝宴』読了(ネタバレなし)

 果物を盛り付けた籠か。

 それとも、美しい石を連ねたネックレスかブレスレットか。

 米澤穂信さんの『儚い羊たちの祝宴』を、例えるならば後者の方が良いかもしれない。

 連作短編という形式を持つのが一つ。

 個々の話は独立して読むこともできるが、「バベルの会」という読書会が透明な糸(テグス)となって、緩やかに繋がっている。

 「バベルの会」とは、夢想家のお嬢様たちが集まる読書サークルだ。

 女性だけが集まるところは、何となく秘密めいた雰囲気が漂い、なかなか入り込みにくい。

 蓋を開けてしまえば、別に何でもないことなのに。開かずの扉の向うには、陽光の差し込む部屋があっても別に不自然ではないのに。

 それでも、想像したくなる。何か甘い匂いを放つ「毒」がひそんでいることを。

 かりに「毒」がある、とはっきりわかったとしても、その匂いに抗うことはできない。

 すべての話は、女性の告白体で書かれている。ひそやかで柔らかく、そして冷やかな美しさをたたえた声が、耳をくすぐる。息を呑み、先を求めて、聞き入ってしまう。

 何が起きるのだろう。一体どうなっていくのだろう。

 そして、暗い中で手を引かれるように、ページをめくり、気が付けば、「毒」に指を中ほどまでつっこんでいる。

 時には、「毒」の思わぬ感触に眼を見開かされる。

 

 そんな冷やかな毒の結晶とも言うべき「宝石」のような話が5つ。それを緩やかに繋げれば、一個のアクセサリーが出来上がる。

 配置順を無視して、気になったタイトルから読む事ができるのは短編集の魅力だが、一回目は、やはり順番通りに読み進めて行くことをお勧めしたい。

 一話目、「身内に不幸がありまして」は、冒頭の話らしく、「バベルの会」の枠組みが出てくる。淡々とした流れに引かれ、つい読み進めてしまう。そうして行き着いたラストで、タイトルの意味が理解できた時には、背中に一筋冷たい物を感じた。

 そこから、二話目「北の館の罪人」を読み、三話目「山荘秘聞」へ。

 この話は、全体の中での順番が重要なのだな、と感じた。最初の二話を読み進める中で、思い込みのようなものが、私の中に作られていて、この「山荘秘聞」でも、その「色眼鏡」でもって物事を見てしまう。

 しかし、作者はそれを、ラストで見事に粉砕してくれる。その見事さには、もはや笑うしかない。

 その後で、4話目「玉野五十鈴の誉れ」を読むと、ギャップもあってか、怖さがこれまで以上に跳ね上がる。

 他の方の感想記事を読んでも、この「玉野五十鈴の誉れ」が一番面白い、と書かれている方が多い。確かに、「連作」という枠組みから切り出した時、一番印象に残るのは、この作品だと私も思う。

 そして最終話が、表題作「儚い羊たちの祝宴」。

 ここでは「バベルの会」が崩壊に至った経緯が語られる。

 会を放逐された一人の少女からにじみ出た悪意が、本人にも予想外の大きさの波となって、元の仲間たちに襲い掛かる。

 怖い怖い。嫉妬ほど、恐ろしい感情はあるまい。それは生み出した本人にも制御ができず、自身をも時に壊してしまう。歴史も、しばしば嫉妬が原動力となって、大きく動いた。

 だが、話はここで終わらない。

 この最終話は、「バベルの会」の終焉と共に、会が新たに別の少女の手で復活させられることがほのめかされている。

 つまり、もしかしたら、同じような恐ろしい話がこれから生まれてくるのかもしれない。

 そうなると、この最終話は、ネックレスの留め金、とも言うべきだろうか。

 ここで、環は終わり、そして始まる。始まったからには、またどこかで終わりが来る可能性は否定できない。

 そのことに思いをはせながら、本を読み終える。

 そして、眼を閉じ、薄く笑う。

 久しぶりに、面白いのに会えたなあ、と。

 米澤穂信さんは初めてだったが、他のも読んでみたくなった。

 そのような広がりを得られたことが、また嬉しい。

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